大型犬を拾いました。
step3.「大型犬にお手をさせました。」
最近、私のまわりでは面倒ごとが増えた気がする。もともとめんどくさいことが嫌いなのに。しかも、その面倒事は、あの犬が来てから増えたのだ。
「神永さーん、ちょっといい?松戸がさー……」
「神永さん!俊どこにいるか知ってる?!」
「葵衣ちゃーん!松戸くん見なかったー?」



「………私は俊の飼い主か。」



私は最近、休む暇もないくらい、いろんなひとに話しかけられる。毎日懲りずに付きまとってくる俊はもちろん、何故か現れるめんどくさい白馬先輩。それだけならまだよかった。でも最近では、クラスの離れた女子・男子、顔も名前も知らない知らない先輩、果ては先生まで私に俊はどこだ、俊を知らないかなど、いろいろなことを聞かれる。このひとたちは私に聞けば何でもわかると思っているのだろうか。というか、電話すればいいんじゃないかと電話をかければ、すぐに繋がり、私のもとに俊が飛んでくるものだから、「松戸俊のことで困ったことがあれば神永葵衣に聞け」という謎の噂が流れてしまった。そのせいで私は毎日忙しいわけである。
「神永さん、松戸くん見なかった?」
「……何かあったんですか」
「今日ね、委員会なんだけど松戸くん来なくて……」
まず俊が委員会に入っていること自体が驚きだが、私はとりあえず俊に電話をかける。通話履歴が俊しかない。ちょっと気持ち悪い。
「………もしもし、俊?」
『葵衣?!どうしたの?』
「どうしたのじゃない。委員会サボんな」
『うそ!今日委員会?!すぐ行く!行くからね!』
通話を終了して、訪ねてきた先輩にすぐに来ることを告げれば、ありがとう、またよろしくねとにっこり微笑まれてしまった。出来ることなら今回限りにしてほしい。



翌日。いつも通り私は俊の対応に追われていた。なぜ、私が。放課後は友達と遊びに行くことも出来ずに、委員会だ、部活だと携帯片手に俊を呼んだり。やっと一息ついたところで、私は溜め息をついた。なんだか、最近は忙しい。でも、何故だろう。少し楽しいと感じる私がいる。前まではただ、何をするわけでもなく友達と話し、適度に勉強をし、適度に運動、そして毎日遊んで友達と笑い合って。でも、たった一人、俊が私の前に現れたことでいきなり変わった。私の、日常がどんどん俊で塗り替えられていく。案外こういう日々が楽しいのかもしれない。
何て考え事をしていると、教室のドアががらりと開いて。先輩らしき3人の男子の先輩が、私に近づいてくる。
「あの、俊がまた何かしました?」
「んー、まあしたね」
なんだかめんどくさい雰囲気だ。早めに切り上げて帰ろう。
「君が神永葵衣ちゃんでしょ?」
「俊の彼女か」
「ばっか、俊がつきまとってるだけだって」
先輩たちは、ゲラゲラと私そっちのけで話を始める。なにしにきたんだろう。私かえっていいかな。
「おいおいー、どこ行くの」
「わっ………」
思ったより強い力で腕を引かれ、椅子に戻されてしまう。案外痛かったので先輩たちを睨み付ければ、怒んなよーと先輩の一人がのんきに笑う。
「俺ら松戸くんに借りがあんだよねー」
「はあ。それは本人にお願いします」
本格的に面倒ごとになりそうだ。しかも、周りはばっちり3人で固められている。
「本人に言うより、一番の弱点を狙った方がいいだろ?」
「………私が俊の弱点だって言いたいんですか?」
「うん。君が傷ついたら俊も少しは大人しくなるでしょ」
知るか。なるわけないだろ。大体あの自由奔放さは素から来ているもので、故意にしている訳じゃない。直すにも直せるわけがないだろう。
「俺らあいつに女とられたんだわ。ありえねえだろ?」
「え……俊が?」
そんなこと、するのだろうか。
「急に綾音が「俊にコクるから別れて」って……人の彼女タブらかしやがって」
馬鹿みたいだな、って、思った。私が今ここにいる理由も、俊を陥れる理由も。
「はあ?バカみたい」
俊は、そんな人じゃない。
「彼女にフラれたのはあんたたちに魅力がなかったからでしょ。彼女たちが俊を好きになったのは俊にそれだけの魅力があったから。フラれたことの腹いせに、俊を陥れようなんて小さい人間ね」
俊を悪く言うのは、私が許さない。
「んだと……っこの!」
ぶん、と腕が空を切る。ぎゅっと目を瞑って痛みに備える。その瞬間、なにかがやって来て、私を抱き締めた。あったかい、いつもの、あの香り。

「何やってんすか」

俊、だ。

「俊、」
「あんたら今なにしようとした?葵衣を殴ろうとしたのか」
俊の顔はいつもと違って怖い。ぐっと掴んだ先輩の腕にも、かなりの力が籠っている。
「チッ………」
先輩たちは俊の迫力に怯んだのか、そそくさと教室から立ち去っていった。

「葵衣、大丈夫?」
「うん。平気」
ぎゅううと痛いくらいに抱き締められる。私はそっと、背中に腕をまわした。
「ありがと、助けてくれて」
呟くように言えば、俊は嬉しそうに笑って、それから、ごめんと謝った。
「俺さ、誤解させやすいみたいで。告白されたひともさ、先輩の彼女だって知らなかったんだ。もちろん、俺には好きなひとがいたから、断ったけど……。でも、さっき少し聞こえた葵衣の言葉、嬉しかった。俺、ほんとに、ほんとーに葵衣が大好き」
「ふふ、はいはい」
彼は彼なりにいろいろ苦労してきたんだ。私にはわからない。でも、先輩たちにああ言ったのは……。
「私が許せなかっただけなんだよ」


帰り道、送ると言って聞かない俊に送ってもらうことになった。俊と初めて会った坂を登って、手!とうるさい俊に、私は小さな悪戯心が疼いた。
「俊!」
「うん?」
手を差し出した私に、笑顔になる俊。そんな彼を、また少し可愛いと思いながら。


「お手。」
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