"俊の側にいたい"
そう思った私だけど。それは果たして恋愛感情なのか、友愛なのか。そして、俊自身はどうなのか。いつも通り俊と過ごすようになったものの、私はどこかモヤモヤとした気持ちを抱えたままでいた。そんな状態のまま、ついに白馬先輩と出掛ける日がやって来てしまった。



約束の10分前に噴水の前に向かうと、そこには既に白馬先輩がいた。さすが、というか、なんというか。この間俊に大口叩いただけのことはある。
「ああ、葵衣」
「お、はようございます」
いつもと違う白馬先輩に思わずどもる私はなんとも情けなかった。そんなことも気にせず、白馬先輩は「早かったな」と優しく微笑んだ。この人、普通にしてたらかっこいいのにな、なんて皮肉を心の中で呟いてみた。
「どこに行きたい?葵衣の好きなところにいこう」
「え。えっと、ですね……」
白馬先輩のことだから、行き先などは決まっているものだと勝手に思っていた。意外にも彼は彼女の意思を尊重するタイプなのかもしれない。
「でも、つまらないかもしれませんよ。私、ただ見るだけですし……」
ショッピングと言った私に、わかったと頷いてついてくる先輩だが、本当にいいのだろうかと不安になって聞いた。大体男の人って、女の人の買い物に付き合うのは苦手なはずだ。でも白馬先輩はどこか楽しそうだった。
「いいんだ。お前がどんなものを好きなのか。どんなことをするのか。それを見るだけで、俺は満足だ」
「はあ」
この人がモテる意味がやっとわかった気がする。彼はすごい紳士だ。それと比べてあの犬は………。どっちかっていうと俊といると保護者の気分になる。
「それがほしいのか?」
いろいろ考えながらふと見ていた手元のイヤリングを覗き込まれて、少しどきっとする。ナチュラルに近い。
「いえ、見てただけです。それに、高いし」
苦笑いしながらイヤリングを元の場所に置こうとしたとき、その手を掴まれて制された。
「僕が買ってあげよう」
「え、いいです」
結構高いものを、ましてや付き合ってもいないのに買わせるわけにはいかない。必死に断ったのに、白馬先輩はそのイヤリングを持って会計へ。申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら、私はそのイヤリングを受け取った。
「ありがとうございます。でも……」
「"でも"はなしだ。僕があげたかったから買った。それじゃダメか?」
そんな風に言われたらなにも言えるわけない。本当にこの人は、強引ながらも女心を掴むのがうまいな。
「けど、やっぱり私の気が済まないんで、お昼奢らせてください」
「は?え、葵衣……?!」
白馬先輩の腕をぐっと引いて、私は某バーガーショップへと足を踏み入れた。
***
「……こんな安物ですいません」
私が連れてきたのはとっても安くて学生の財布に優しい某バーガーショップ。どう考えてもイヤリングのが高い。でもこれで精一杯な悲しい私の財布。でも目の前の白馬先輩は、今まで見たことないぐらい無邪気に笑った。
「あははっ……」
「……もう、なんですか、先輩」
アイスコーヒーをストローで飲みながら、白馬先輩はなおも笑っている。なぜだかわからないけど、白馬先輩の珍しい顔が見れたからいいか。
「いや。女性にごちそうになったのは初めてだよ。しかも、安物ですいませんなんて謝ってくるし。本当に君は、僕の想像を容易に越えるな」
「なんですかそれ……」
「好きだよ」

……。ジュースを吹きそうになった。なんてことをいきなり言うんだ、この人は。
「あ、あのですね……」
「今日一日過ごしてみても、やっぱり君の気持ちは変わらないのかな」
先輩は悲しそうに笑った。私は、この人にこんなにも想ってもらっていることが申し訳なくなった。彼なら、もっと素敵なひとがいるだろうに。どうして、俊が好きな私を好きになってしまったんだろう。
「……はい。ごめんなさい」
すっかり冷えきったハンバーガーも、食べる気にならない。ただ、悲しげな白馬先輩の顔から目を逸らすことができなくて。わかってたよ、なんて痛々しく笑う先輩に私の方が泣きそうになってしまった。
「……なら、最後に僕に"良いこと"させてくれないかな」
「え、」
そう言うと白馬先輩は、机の上に置いてあった私の携帯を奪い取ると、電話をかけ始めた。おいおい、何をしてるんだ。スピーカーモードにすると、私にも画面を向けてくれた。って、おいおい!なんで俊に電話かけてんの!声を出そうとした私の口を手で覆いながら、白馬先輩はニヤリと笑った。
『葵衣?!』
「残念だな、僕だ、犬」
『は?霧崎……?!』
予想通り、驚いたような俊の声。
『なんでお前が葵衣の電話……!』
「ああ、早くしないと彼女の唇は僕のものだ」
『っふざけんな……!』
えええ、この人なんで俊を挑発してるんだ!すごく面倒なことになる予感。
「悔しいか?なら、今すぐ来い」
『行くから!葵衣に触んなよ、霧崎!』
ぶつりと一方的に切れる電話。てか、俊は私たちがどこにいるのかわかるのかな。
「ここの音は特徴的だからな。あの犬ならわかるだろう」
「……先輩、良いことって……」
「いいこと、だろう?」
満足そうに笑う先輩はまったくもっていつも通りだった。幸せになれよ、と私の頭を撫でて。私もそれに微笑んだ。そのとき。

「……触んなって、いっただろーが!」
白馬先輩の手が弾かれて、強い力で腕を引かれた。まるで、犬がリードを一方的に引くように。私の歩幅にも合わせようとしない、力強さがあった。
「しゅ、俊……!」
「……」
俊は私の呼びかけに答えなかった。大型犬がはじめて見せた、反抗的な態度。私はどうしたら良いかわからず、ただ、ただ彼のあとをついていった。