カラフルデイズ―彼の指先に触れられて―



よくよく考えてみたら、あまり妥協して誰かを選んだことなんてない気がする。

高校の時に初めて付き合った彼は、クラスだけじゃなく、学年で結構人気があったし。
大学のときも、ステータスのイイ男とばかりいた。

でもそれって、裏を返せばそんな肩書とか取っ払うくらい――理性を超えてまで衝動的に好きになった相手っていないことかもしれない。

ふと、30を過ぎたときに思った。


『私の人生って、これから先、どんなふうになるんだろう』






「阿部さん、まだ帰らないんですかぁ?」


資料の作成途中の画面を見ながら、珍しくぼんやりしていた私に一人の女子社員が声を掛けてきた。

顔を上げる前に、ふわりと届くフローラル系の香り。

ああ、思い出した、この香り。
通勤途中で一日に一度は同じ匂いの人とすれ違う。オードパルファムだ。

香水の銘柄を思い出させた彼女は、昨年入社した、森尾彩名(もりおあやな)。

彼女の栗色をしたゆるいウェーブの、手入れの行き届いた毛先が視界に入る。
森尾さんはその髪を逆手で耳に掛けると、私のパソコンの画面を覗き込みながら言った。


「あ、コレですかぁ? 新商品て」


至近距離で見ても、荒れ知らずの綺麗な肌。
ああ、自分も約10年前はこうだった。
なんて頭の片隅で思いながら、顎のラインまでのワンレンボブの黒髪をかきあげながら答えた。


「そう。明日、取引先に渡して回るから」
「それって、あたしも――ってことですよね?」


午後6時前の、一日の業務が終わろうとする時間なのに、森尾さんはまるで出社したばかりのような、つやつやのピンク色の唇を尖らせる。


「当たり前じゃない」


内心盛大な溜め息を漏らし、即答する。
すると「あたし、説明ニガテなんですよねぇ」とか言いながら、後ろのデスクから淡いシャンパンピンク色のカバンを手にした。


「阿部さん、もう帰るんですよね? じゃああたしも失礼します」
「……お疲れさま」


私が言い終わるや否や、彼女はふわりとしたホワイトのフレアスカートを揺らしながら、颯爽と部署をあとにした。

バタン、と閉まったドアを向いて、今度は本当に溜め息をつく。





< 2 / 206 >

この作品をシェア

pagetop