四角いローズグレイ色の看板。そこの中央に主張しすぎず、でも、なぜか存在感を感じさせる『IRIS』という店名。

一度その前で止めた足を、左足からまた前に踏み出した。

少し重めの扉を押しあける。重く感じるのは、もしかしたら自分の重苦しい気分のせいなのかもしれない。


「いらっしゃいませ」


少し暗めの店内からは、その雰囲気に合った落ち着いた店員の声がする。
そして、私を呼び出した張本人は、それを合図にすぐこちらの存在に気付いた。


「美雪」


不思議。要が少し微笑んで、たった3文字の言葉を発音するだけなのに、その口の動きに魅入られてしまうんだから。


「……今日は、“一方的なお誘い”をありがとう」


嫌味混じりの挨拶をしながら、要の座るカウンター席にカバンを置いた。


「っはは! ごめん。でも――」


頬づえをついた手で、筋の通った鼻の辺りを覆い、目を細めて笑う。
そして短い笑い声のあと、その陶器のように綺麗な指の隙間から、凛々しい瞳を覗かせて言う。


「来てくれた」


彼の視線や、手や、言葉の一字一句に、やっぱり私はわずかに心を翻弄されてる。

小さく脈打つ、いつもとは違う動悸に気付いてる私は、それ以上鼓動が速まらないよう、静かにカウンターチェアに腰を掛けた。


「あんな誘われ方、今までなかったわ」
「じゃあ、オレが美雪の“初めて”だ?」
「――バカじゃない」


臆面もなく、ストレートに距離を縮める要から、ぷいと顔を逸らす。