流れ星になったクドリャフカ〜宇宙で死んだ小犬の実話〜

┣ふわふわするキモチは浮かぶ


 きゃんきゃんわんわんびゃんびゃんぎゃんぎゃんばうばう


 犬たちが大合唱をする飼育室の中で、白い影が立ち上がった。


「ご苦労様です」


 真っ白な体をしたアルビナの体をなでていたのは、白衣の女性ユリヤ・マカロだった。


「ゆ、ユリヤさん!」


 ユリヤさんの姿に、耳が熱くなるのがわかる。

 ユリヤさんは僕と同じ年だけれど、下っ端職員の僕とは違いロケットの設計チームにいる優秀な科学者だった。


「ど、どうしたんですか?」


 真っ直ぐに犬たちの元に向かうトラスキンさんとは違い、僕はユリヤさんに駆け寄る。


「休憩になったから、遊びにきたの」


 傍らのアルビナの白い頭を撫でながら、ユリヤさんは微笑む。

 アルビナもユリヤさんに撫でられ、気持ちよさそうに耳を下げて目を細めていた。

 僕はユリヤさんのその微笑みを見ただけで、ふわふわと天にも上る心地になれる。

 ユリヤさんは、僕の憧れの女性だ。

 僕がはじめてここに来た日、たまたま廊下で出会った彼女は凄い格好をしていた。

 プラチナブロンドの髪を雑に束ね、白衣はよれよれ、手には大切そうに奇妙な数式や理解出来ない単語の並んだ紙を持っていた。

 すれ違いざまに少し自己紹介し合い、同い年だからと名前で呼ぶようすすめてくれ、これからよろしくと握手を交わしながら見せてくれた笑顔。

 僕は、彼女の自分を飾らず研究に打ち込む姿に強い魅力を感じていた。


 まあ、要するに。

 笑顔にノックダウンの一目惚れだ。


「設計チームはいつも忙しそうですよね」

「本当に。昨日も泊まりだったのよ。休みもないし」


 そう言うユリヤさんの目をよく見ると、またクマが出来ているようだった。

 ロケットの設計をしているのだ。

 設計チームは宇宙開発局の中でも一番重要なチームだった。


「徹夜ですか?」

「一応、仮眠はとったけどね。でも、もうすぐR-1Vロケットが完成しそうよ!」


 ユリヤさんは満面の笑顔を浮かべ、目を輝かせる。


「そしたら、いよいよこの子たちを乗せての打ち上げよ。まだ宇宙には届かないけど、上空100kmでの無重力状態の測定が出来るわ」


 夢を語る子供のような無邪気さで、ユリヤさんはしゃがみ込んでアルビナの頭を両手で撫でる。


「誰が宇宙飛行士第一号になるのかしら。君かな? アルビナちゃん!」


 アルビナにぺろぺろと顔を舐められながら、ユリヤさんはきゃたきゃたと少女のように声を上げて笑った。

 ふわふわと天にも上る心地なのに、深く深く思いは彼女に落ちていく。


「ミラン! 鼻の下のばしてないで仕事しろ!!」


 僕がうっとりとユリヤさんに魅入っていると、横っ面をトラスキンさんの怒声に殴られた。


「すみません!」


 犬たちにエサをやるトラスキンさんに大声で返し、ドッグフードの入ったバケツを抱え直す。


「でも、鼻の下なんてのばしてませんよ!」


 ユリヤさんの前でなんてことを言うんだ。


「仕事の邪魔をしちゃったみたいね。ごめんなさい」

「いえっ! そんなことは全然……また、いつでも来て下さいね」

「うん、またみんなに会いにくるわ」


 にっこりとユリヤさんは笑い、「じゃあね」と犬たちに「お仕事頑張ってくださいね」と僕とトラスキンさんに挨拶をして、研究チームに戻っていった。


「待たせて悪かったな、ごはんだぞー」


 僕は上機嫌で、仕事を再開した。
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