『おいしかった。ありがとう』


このたったふた言を書くのに二時間かかった。

書いては捨て、書いては捨てを繰り返し、新品同様だったメモ帳はすっかり薄っぺらになってしまった。


キッチンの水切りカゴには、夕飯の後通常の食器と一緒に洗っておいたお弁当箱がある。

返さなくていい、と手紙には書かれていたけど、捨ててしまうのはもったいないし、だからって家に置いたままにしておくのは気が引ける。


私がメモに悪戦苦闘している間にすっかり乾いたお弁当箱とお箸箱を手提げに入れてから、洗濯と乾燥を済ませたバンダナを折り畳む。

その最後の一折りの前に、この間彼からもらった精油の中からゼラニウムを選んで、バンダナにひとしずく、染み込ませた。

ちゃんと使っていますって、伝える代わりに。

そしてさっき書いたメモを挟んで手提げに入れると、私はようやくベッドに入った。


今日はお弁当のことで頭がいっぱいだったから芳香浴をしていないけど、それほど疲労感はない。

あの男の子に……麦くんに、振り回されたはずなのに。


……不思議な子。明日仕事終わりに雑貨屋さんに行って、お弁当箱を返すついでに少しくらい話をしてみようかな。

そう思うと、何故だか心が浮き立つのを感じた。


こんな自分は、緒方さんには絶対に内緒。

まだよく解らないこの感情を、きっと彼女は色恋沙汰の方へ持って行って、私を冷やかすに決まってる。


ただもう少し、彼を知りたいだけ。

それだけだから……


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