明日、嫁に行きます!
番外編Hong Kong Night《番外編のみ三人称になります》
どこかの高級ホテルとおぼしき一室で、今、眼下に広がっている光景は、テレビでよく目にする、いわゆる100万ドルの夜景と呼ばれるもので。
漆黒の闇に浮かび上がる人工的な光りの渦は、ささくれだった寧音の眸には煩く映った。
「・・・あり得ないんですけど・・・」
外と中の境目が分からなくなるほど大きな窓から、眼下に広がるその夜景を、寧音は及び腰になりながら見つめた。
「え? 何か言いましたか?」
背後から聞こえた声に、寧音は猛然と振り返った。
「ここはどこかな!?」
「香港ですね」
「なんで家に居たはずの私が、香港にいるのかな!?」
「連れてきちゃいました」
眼鏡のブリッジを指で押し上げながら、総一郎は色気の滲む双眸で、罪の意識なくペロリと言った。
「・・・こんの」
バカヤロ―――ッ!! と、叫びかけた口がピタリと止まる。
「寧音」
足音なく眼前に迫る夫・総一郎に見下ろされ、甘い声で名を呼ばれ、寧音は思わずヒクリと喉を震わせた。
「な、なにか私に飲ませたわね?」
―――例えば、睡眠薬的な何か。
気圧される自分を叱責して、事件の真相をずばりと暴く女刑事のようなそんなノリで、寧音は総一郎に「吐きやがれ」と迫る。
総一郎は大きく目を見開いて、そして、クスリと片微笑んだ。
「はい。睡眠薬を少々」
悪びれないそのセリフに、がくっと寧音の肩が落ちた。