柔らかな朝日の差し込む部屋に、豆から挽いたコーヒーの芳しい香りが漂う。
 美形執事が静かな声で、私を眠りの淵より引き上げる。


「頼子、朝ですよ。お目覚めください」
「うーん」


 一声うなって、私はコロンと横に転がった。転がった拍子に、手が何かに当たって私は目を開く。
 目の前で紅い瞳の目が、嬉しそうに細められた。


「朝食の準備が整っております」


 あまりの至近距離に驚いて、私の頭は一気に覚醒する。飛び起きようとして、体の自由がきかず布団の中でもがいた。
 ザクロの両腕が私の身体を抱きしめていたからだ。

 いつの間に潜り込んだのか、全く気づかなかった。朝食の準備が整っているという事は、その後だろう。
 おまけにスーツを着たままなのが、どうでもいいけど、ものすごく気になる。
しわになるじゃないの。

 いやいや、そんな事よりこの状況の方が問題だ。
 私は両手を突っ張りながら怒鳴った。


「なにやってんの!」
「執事の仕事ですが」


 真顔で言い返すザクロに、私の方が面食らってしまう。
 いったいどこでそんな情報仕入れてきたの。


「どこの執事がこんな事してるのよ!」
「頼子の持っている書物に書かれていました」
「書物って……」


 江戸時代から二百年以上眠っていたザクロは、時々言い回しが古くさい。
 初対面で英語を口走ったのは、私の願望が反映されていたからで、本人はあまり意味を理解していなかったらしい。

 言葉もさることながら、現代の道具も家電もさっぱり使えないので、一から教え込んだのだ。その結果、一応家政夫くらいには使えるようになった。

 もっとも、ここにはお屋敷のように事務や家事を専門に行う使用人もいないので、それを取り仕切る立場である執事の存在価値もないのだが。

 そして文字も文章も昔とは微妙に違うので、家にある本を読んで勉強するように言っておいた。
 どうやら手当たり次第に読んだらしい。私の乾いた心を癒してくれる大人乙女向け恋愛小説を読んだのだろう。美形執事とお嬢様の禁断の愛を描いた胸キュン小説だ。

 私はすっかり毒気を抜かれて、ため息と共にザクロの腕をほどく。


「あれは本当の執事とは違うの。乙女の妄想願望を満たしてくれる作り話よ」
「架空の物語ですか」
「そうよ。昔にもあったでしょ?」
「そうですね」
「納得したならベッドから降りて」


 ザクロがベッドから降りて、私も続いて布団から抜け出す。

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