海老蟹の夏休み
かつては僕も
 朋絵が泣き止むまで、沢木は傍にいてくれた。
 慰めるわけでもなく、ただ立っているだけ。それでも、優しさがじんわりと身にしみた。

 やがて夕焼け空が紺色に変わり、星が瞬きはじめた。
 朋絵はようやく我にかえり、沢木のことを心配する。
 この人はさっきからここにいるけれど、水族館の業務はどうなっているのだろう。
 
 だけど沢木は、そんな彼女の焦りに対して大らかに応える。
 まるで、心を察したみたいに。

「職員の手は足りているから、大丈夫」
「でも……」
「お客さんの相手するのも仕事だからな。サボってるわけじゃない」

 沢木は夜景を眺めながら、もうひとつ朋絵に教えた。
「ここからは、花火もよく見えるんだ」



 二人は一旦水族館に戻った。沢木はロビーで会った館長という人と、何ごとか話している。
 館長はひげを豊かにたくわえた、優しそうな人だ。
 沢木と話し終えると、朋絵のほうを見てニコッと微笑み、事務所に入って行った。

「さて、バス停まで送ろう」
「えっ?」
 暗くなった山道を女の子一人で帰さないよう、館長に命じられたと説明する。
 だけど朋絵には分かった。それは彼自身の親切である。
 その証拠に、例のごとく顔が赤くなっていた。


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