【短】きみに溺れる
Chapter.4
「あ、今日って椎名さん、休みなんだ」
彼の苗字がふいに耳に入り、私は両手に持っていたトレーを危うく落としそうになる。
声の方を見ると、同じバイトの女の子2人が、シフト表を見ながら彼の話をしているところだった。
「椎名さんがいなきゃ、つまんないよねー」
「他にマトモな男がいないもんね、この店」
「言えてるー」
キャハハ、と笑いながらシフト表の前を離れた彼女たちと、目が合った。
無意識のうちに見すぎていたらしい私は、あわてて目をそらした。
「そういえば黒崎さんって、椎名さんの後輩だよね?」
ひとりの女の子が話しかけてきた。
「あ……はい」
「いいな~! やっぱり高校でもモテてた?」
「えっと、たぶん……」
うまく答えられない私を見て、もうひとりの子がそっと耳打ちをする。
「黒崎さんに聞いてもわかんないでしょ。この人、男の子に興味なさそうじゃん」
小声で言ったつもりだろうけど、丸聞こえだった。
気まずそうに「じゃあ」と作り笑いで言うと、そそくさ離れて行く彼女たち。
――きっと誰も
私とレンの間に生まれた秘密を、想像すらしないのだろう。