世界でいちばん、大キライ。


麻美が訪れた翌日の金曜日。
〝金曜日〟と言えば、久志がほぼ毎回やってくる日だ。

まだ若干の気まずさは残るものの、やはり会いたいという気持ちが大きい桃花は頻りに入口を気にしてしまう。
カラン、と入り口から音が上がるたび目を向けて、久志の姿ではないとわかるとあからさまに肩を落とす。

店内の時計を仕事の合間に何度となく確認する。
午後の八時を過ぎて、閉店間際になっても久志が桃花の前に姿を見せることはなかった。

「桃花ちゃん、お疲れ様」
「お疲れ様でした。お先に失礼します」

了に挨拶をして裏口を出た。

すっかりと冷えてる空気に触れた瞬間身震いする。
腕を組むようにして身を小さくしながら、ふ、と夜空を見上げた。

この間、助けてくれた久志を見上げたときに見えた月は、今日は雲に隠れている。

(……やっぱり避けられてるのかもしれない)

薄らと月明かりが黒い雲からわかるのを眺めて、静かにそう思った。
冷静に考えて、告白されて、断った相手がいるカフェにわざわざ足を運ぶなんてことはしないだろう。しかも、断ったにもかかわらず、姪(麻美)との繋がりとはいえ自宅で鉢合わせ、ふたりきりになんかなりたくもないであろう桃花を渋々送り届ける羽目になった……と、考えたら、避けたくなるのも当然だと桃花は思う。

(私のせいで、大事な常連さんを失くしちゃったな……。久志さんだって、いきつけのお店無くして、多少がっかりするとこもあるはず)

身勝手な行動で、久志や了が大切なものを失ってしまったことに自己嫌悪する。
ずっと見上げたままだけれど、やはり月までも顔を覗かせてはくれなくて、桃花は溜め息とともに首を元に戻した。

(だけど、私の淹れたコーヒーを「美味い」って言ってくれてたのに)

あの言葉はお世辞だったのだろうか。
いや、でもあのときの久志の反応は嘘ではないはず、と桃花は目を閉じ思い返す。
それでも、金曜日の今日、姿を見せなかったということは、それ以上に自分に会いたくないという思いの表れなのかもしれない。
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