砂糖漬け紳士の食べ方


作山が最近見つけたというカフェは、駅前から少し外れたところにあった。

こじんまりとした個人経営のお店だが、有機野菜をたっぷり使ったメニューで、若い女性に大人気だという。



「こんなこじゃれたカフェ、一人だと逆に入りづらくてさ」


温かいおしぼりで手を拭きながら、作山がイタズラに笑った。


メニューは日替わりの他に、パスタやピッツァなどがあったが、二人とも日替わりランチを頼んだ。

ただ単に、初めて来た店でアレコレ悩むのが面倒だったのだ。



作山はお冷やを一口飲み、一息入れた後、唐突にどデカイ爆弾をアキにぶつけた。



「で、彼氏出来たの?」


彼女はいつもこんな風に前置きなく話を始める。

今日も例外ではなかったのだが、これはアキに心の準備が無さすぎた。



アキは飲み込みかけた水を気管に誤飲してしまい、一人咳き込む。

この反応に喜んだのは、もちろん作山だけだった。


「えっ、なに、本当に出来たの?うわーおめでとう!
で、どんな人?どこの人?うちの会社?」


途端に目を輝かせた彼女が、その細い身をテーブルへ乗り出した。

アキはおしぼりで濡れた口を拭う。



「違う…出来てない…。何で急にそんな話になるの?」


ようやくコップをテーブルへ置いたアキに、作山はキョトンと首を傾けた。



そして


「だって…靴と、化粧」


アキの足元と唇を指差した。



指を指された本人の視線が、テーブル下の足へ落ちる。



「アキが今まで赤いヒールを履いたことなんて私見たことなかったし、それに…その化粧も、ルージュなんてつけたことないじゃない?」



まるで自分の恥部をあっけなく他人の前に晒された気分だった。

いや、これは恥部というより、弱味に近い。



「動きやすいように」と、いつもヒールの低い靴ばかり選んでいた足は、今日ばかり赤いハイヒールを選んでいた。

あの日の年上女性記者が履いていたものと同じ、深い赤色のものだ。


そして自分の厚い唇が目立つからといつも避けていた赤いルージュは、作山の指摘通り、珍しくアキの手によって今は美しい半円を描いている。

作山の視線は、さすがに中野や綾子とは違ってえらく鋭かった。



「……いや、別に…気まぐれに」

「きまぐれぇ?本当に?」


彼女は更に探るような怪しい声色をアキへつきたてる。



「私、もしかしたらその画家さんといい雰囲気になったのかなーって思ったんだけど」


「お待たせしましたー、日替わりランチのサラダになりまぁす」


店員はまさにベストタイミングで、作山とアキの視線の間に立ち塞がった。

テーブル上に、二つのサラダボウルの壁が出来上がる。


しかし作山はそれをものともせず、店員が去ると同時に先ほどの質問を繰り返してきた。



「ねえ、本当にその…伊達さんだっけ?その人といい感じになったの?」

「なってないよ」


アキは、銀色に光るフォークを作山へ手渡した。

いつの間にか作山へ返す言葉尻が強くなっている。



「…なるわけないよ。そもそも14歳年上なんだから、私みたいなちんちくりん、相手にしないでしょ」


サラダはベビーリーフが山程、それとルッコラが盛り付けられていた。新鮮な緑色は、確かに体には良さそうだ。


「いただきます」

「いただきます。…14歳年上か、そっか、なるほどね」


ベビーリーフを乱暴にむしゃむしゃ咀嚼しながら、アキはお返しとばかりに作山を睨んだ。


「そういう作山はどうなの。
この前合コンに行くって張り切ってたじゃん。あれ、どうしたの」


アキからの返し刃に、しかし作山は大して動揺はしていないようだ。

ルッコラをフォークでブスリと突き刺し、言う。



「あーそうだねー、うん、ぼちぼち」

「なにそれ」

「だってさ、相手の方が『作山さんは一人でも生きていけそうな女性ですね』って言うんだもん。
一人で生きていけそうで何が悪いんだか」


どこかでアキも聞いたことのあるセリフだった。



「付き合うとか結婚するっていうのはさ、半人前同士が足して1になる訳じゃないと思うんだよね。
1人1人の人同士を足して、2にも3にもなることじゃないのかなって」


作山が自論を振りかざすも、そうは言ってもどこか不満げだった。

自論と世間の違いがあることに、どうも感情では理解できない様子だ。






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