妖刀奇譚





「なに?」


「おまえ……昼間に何かあったか?」


「へ?別に、普段通りだったけど」



無言になる。


やたらとハイテンションなラジオパーソナリティの声がその沈黙を埋める。


CMに入ったところで玖皎が言った。



「そうか、それならいい」


「なにそれ、お風呂入る前に変なこと言わないでよ」


「すまんすまん、気にするな」



そう言われて、はいそうですかとさっさと忘れられる人間がどこにいるだろうか。


ますます気になってしまうのが人間の悲しい性だ。


思葉は玖皎にいーっと歯をむいてドアを閉める。


階段を降りる途中で、せっかく気にしないようにしようと思っていた櫛のことがちらりと脳裏をかすめた。


かすめただけならいいのだが、そのままそこに居座りちらちらと思葉の意識を向けさせようとアピールしてくる。


ため息が階段に反響した。



(ああ、もう最悪。このタイミングで思い出すなんて)



お風呂から出たら打ち粉の刑にしてやる。


店に続く硝子戸に軽く視線を投げ、思葉は台所の奥にある洗面所に向かった。




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