結婚前夜ーー旦那様は高校生ーー
 梅雨が明けて蝉が鳴き始めた頃、悠樹がダンス大会に出ることになった。日本の大会の中でも大規模な大会で、BSで中継も行う。そこに悠樹が出場するという。
「コーチのお陰だよ。コネがなきゃ出らんないよ、あんなでかい大会」
 悠樹はそう言ったけれど、その顔は誇らしげだった。

 あれから悠樹の両親にも会って、今度は夏帆が追い返された。八方塞がりな気もちですっかり沈んでいた頃だったから、この報せは嬉しかった。ひさしぶりに悠樹も笑顔を見せる。

「夏帆のお父さんとお母さん来れないかな」
 悠樹の質問に、すぐには答えられなかった。悠樹を紹介して以来、両親とは冷戦状態が続いている。父はもともと無口だったけれど、今では一言もしゃべらなくなっていた。
 とはいえ、あまり時間もない。来年の春には大阪に行く。それまでになんとかしないと。

 悩んだ末に、ミドリが習ってるフラメンコの発表会に着いてきて、と嘘をつくことにした。二人とも大学時代から頻繁に遊びに来ているミドリを気に入っている。案の定、急な誘いにも断られることはなかった。

 JR千駄ヶ谷駅を出るとすぐ目の前にある体育館が会場だった。駅前には、複雑に編みこんだドレッドヘアに練習着の女の子たちの集団や、チーム名が書かれた幟を持ってる団体が大勢いた。打ち合わせをしているダンサーのグループ、パンフレットやグッズを販売している売り子たちで、駅周辺から会場までの道のりは既に混雑している。
 どう見てもフラメンコじゃない。おそるおそる父を振り返ると、両腕を固く組んでドレッドヘアの集団をじっと見ていた。なにか言われる前に、夏帆は会場へと急いだ。心臓がどくどくうるさくて、抑えつけるように胸の前で片手を握り合わせる。

 悠樹、今頃練習中かな。緊張してるかな。

 目を閉じると、いつも見ていた踊る悠樹の姿が浮かんできた。

 だいじょうぶ。私も一緒にがんばるから。



 
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