らぶ・すいっち




 菊花だいこんがあまりに無残な出来だったことを順平先生に指摘され、居残りをした日以降、私は順平先生に包丁の使い方を教わっている。

 もちろん先生に教えてもらったことは、家に帰って何度も復習を重ねている。
 そのかいあってか、包丁の使い方も様になってきた。

 まだまだ鼻歌を歌いながらなんて余裕はどこにもないけど、それでもひと月前と比べれば進歩している。

 しかし、しかしですよ。その個人レッスンというのが、なんとも心臓に悪いといいましょうか。
 菊花だいこんを作るときもそうだったが、静かな教室で身を寄せ合いながらの包丁の使い方レッスンは、心臓がいくつあっても足りないほどだった。

 何度も“だいぶ上達したでしょ? 一人で頑張ってみるから、先生は見守っていてください”そのようなニュアンスなことを順平先生に言ってきたのだが、先生は取り合ってくれない。

「何を言っているんですか、須藤さん。君が上手になるまで、手取り足取り教えると言ったのはこの私です。最後まで付き合いますよ?」

 と、いかにも善人らしくほほ笑んでいたが、私にとってはありがた迷惑以外の何ものでもない。

 ふれ合う手と手。背中に感じる先生のぬくもり。耳を掠める低くてゾクゾクしてしまうほど官能的な声。
 どれもが私の心を乱し、体温を高めてしまう。

 きっとドキドキしているのは私だけ。それがわかっているだけに悔しい。
 天敵だと思っていた人が、ある日突然いい人に変身。それもなんだかとっても優しい気がする。

 急激に変貌した順平先生に対し、私は対応することができない。

(あああ!! もう。思い出すだけで顔が熱くなっちゃうわ)

 机をダンダン叩きたい衝動にかられたが、ここは我慢だ。
 冷静な様子を取り繕い、私は再びジャガイモと格闘を続ける。だが、私の努力もむなしく、すぐさまある人物によって心を乱された。


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