粉雪
『―――ちーちゃん、今日、ありがとな?』


「…お礼言うのはあたしだから…。」


首を横に振って、少しだけ口元を緩ませた。


初めて食べるような美味しい物も、初めて見た数の星空も、

あたしにとっては夢の様だった。


だけどシンデレラの魔法が解けてしまうみたいに、あたし達は元の生活に戻るんだ。




『…今度さ、家具買うの付き合ってよ。』


「―――ッ!」


戸惑う目は泳ぐように揺れ、なのに勝手に言葉が出る。



「…うん…。」



“無理だよ”


いつもなら簡単に言える台詞なのに。


今日はそんなことさえ難しかった。


関わってはいけない相手だと分かっていても、

隼人にどうしようもなく惹きつけられる自分が居る。



『…また連絡するから。』


気を使ったように言う隼人に、心臓が音を立てた。



「…アンタの電話、繋がるようにしててね?」


少しだけ迷ったが、隼人の目を見つめて言った。


これ以上、隼人に危ないことをして欲しくはなかった。


だけど、あたしにはそんなことを言う権利も理由もないから、

これが精一杯だったんだよ。



“あたしには、関係ない”


ずっとやってきたスタンスが、崩れた瞬間だった。


いつの間にか、“着信拒否にしよう”と思うことはなくなっていた。



『ははっ、オッケ。』


一瞬驚きの表情を浮かべた隼人は、瞬間、嬉しそうに笑った。



『おやすみ、ちーちゃん。』


その笑顔を振り払うように、ドアに手を掛ける。



「…おやすみ。」


そう言うと、隼人の車に背を向けて、アパートの階段を登った。



“バイバイ”は、今も絶対言ってはならない言葉だよね…?


あたしは一生、隼人から“さよなら”することはないから。



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