ビロードの口づけ 獣の森編


「森の方はどうだ?」


 ジンがザキに報告を促す。
 ザキは腕を組んで淡々と告げた。


「特に問題はない。ゆうべ揉めている奴らはいたが、口論に留まった」
「そうか」


 やはりザキを巡視のリーダーに据えて正解だったようだ。
 ジンはザキをメガネの上から上目遣いに見上げて、口の端に笑みを浮かべた。

 それを見つめ返し、ザキは少し誇らしげにフンと鼻を鳴らした。

 定例報告を終えた二人が、再び仕事に戻るためジンに背中を向けた時だった。
 ノックもなく、いきなり執務室の扉が勢いよく開いた。

 三人の男が注目する中、血相を変えたミユが駆け込んできた。


「大変です、ジン様! 奥様が……!」
「クルミがどうした?」


 ただ事ではなさそうなミユの様子に、ジンは椅子を蹴って立ち上がり彼女に駆け寄る。
 ジンを見上げるミユの目に涙が浮かんだ。


「奥様が、どこにもいないんですっ!」

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