明日、嫁に行きます!

 召し捕られたくせ者のようにして訪れた応接室は、時代劇に出てきそうなほどだだっ広い和室で、雪見障子からのぞく庭には、鹿おどしが見えた。
 旅番組に出てくる高級旅館のような佇まいに、ポカンとなる。

 ――――はっ、いけない! 鷹城さんの罪状を、お祖母さんに訴えなくっちゃ!

 私はお祖母さんの目をひたと見据えた。  
 そして、目の前の豪華な一枚板の欅のテーブルに、両手をダンッとついて、私は不満を一気にまくし立てた。

「聞いて下さい、お祖母さん! 鷹城さんがヒドいんです! 私に無断で婚姻届提出とか、ありえないと思いませんか!?」

 私は包み隠さず、彼が行った暴挙をぶちまけた。
 鷹城さん、全く動じた風もなく、しれっとお茶なんか飲んでいる。
 むっかーと彼を睨み据えてやる。
 そうしたら、お祖母さんは私の訴えにきょとんとした顔をして、『ホホ』と品の良い笑みを浮かべた。

「無断で婚姻届を提出されたの?」

 にこにこ微笑むお祖母さんに、私は、

「そうなんです! もはや犯罪の域ですッ!」

 なんとか言ってやって下さい! と言い募る。

「まあ。私の時と同じね」

 お祖母さんの言葉に、『えっ?』と、目が点になる。

「亡くなった私の主人、婿養子だったんだけれど、結婚を渋るものだから、私、総一郎と同じことをしたのよねぇ」

 懐かしいわ、と遠い目をするお祖母さんに、訳が分からず目を白黒させてしまう。

「婚姻届を偽造してね、提出しちゃったの。純愛ね」

 てへっと舌を出しながら話してくれるんだけど。純愛っていうよりも、もはやそれって毒々しいまでの狂愛じゃないですか?
 しかも、『しちゃったの』って可愛く言ってみた所で、内容がまんま犯罪です。全身鳥肌がハンパないです、お祖母さん。

「やっぱり私の血かしらね。欲しいものは是が非でも手に入れないと気が済まない質《タチ》なの」

 それを聞かされる私は、口ぽかーんである。まさに、『開いた口が塞がらない』を体現してしまう。
 鷹城さんをちらと見ると、納得した顔でうんうん頷いていた。
 今の話の一体どこに共感できる要素があるのか。ってか共感できるの?

 ――――……出来るんだなこのヤロー。

 私の目は、次第に剣呑さを増してゆく。

「私の言った通りね。本当の貴女を愛してくれる人と出逢うって。それが私の孫だったのね」

 『まあビックリ。ふふふっ』と可愛らしく笑うお祖母さん。
 瞬間、ゾクッとした悪寒に襲われる。
 なんか私って、鷹城さんではなく、お祖母さんの手のひらで踊らされていたんじゃなかろうか。
 そんな考えが頭を過ぎって、私はぶんぶん頭を振った。

「で、曾孫はいつ出来そうかしら?」

「来年くらいには」

 お祖母さんの、「明日は晴れるかしら?」ほどの軽い口調に、鷹城さん真顔で答えてる。
 しかも、その曾孫産むのは問答無用で私ってことになってるし。

 ……なんだこれ。なんなんだこのやり取りは。

 お祖母さんとその孫・鷹城さん達の会話に入っていけない。凡人の私には、全くもって理解できない。理解の範疇を超えまくって、もはや宇宙人と話しているような錯覚さえ覚える始末だ。

 私は引き攣り笑いを浮かべながら、彼らの手のひらで踊らさせる盤上の駒になったような気分を味わった。

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