明日、嫁に行きます!
その日の夕方、私は鷹城さんのお祖母さん宅へと連れてこられた。
移動中、私は、不機嫌に眉をしかめて口をへの字に曲げたまま、つんっと無視を貫き通した。
何度声を掛けても返事すらしない私に、鷹城さんはイライラと落ち着かない様子で、深い溜息を何度かこぼした。
車で連れてこられた先は、『一体どこまで続いてんだこの高い塀』と聞きたくなるくらい広大な敷地だった。
視線の先には、『ここは神社か仏閣か』と、目を疑うほどに大きな数寄屋門がでんと構えていて。『私、恐ろしいくらいに場違いなんだけど』と、怒りの炎がプスプスと不安に掻き消されてゆく。
悠然と佇む数寄屋門をくぐり抜けると、綺麗に選定された松の木々が道の両脇に整然と並んでいて。
『家の敷地内になんで並木道が!? ここって皇居か!?』言いたくなるのを必死で堪えながら、視線を真横から正面に移した時。極めつけとばかりに、威容を誇る日本庭園がドーンと眼前に広がり、もはや絶句だった。言葉を見失い唖然呆然。目を点にしたアホ面をさらしてしまう。
白い玉砂利が敷かれた駐車場に車を止めた鷹城さんは、助手席の扉を紳士然と開けてくれるんだけど。
――――そんなことで私の機嫌は直りませんから。
ぷいっと顔を逸らせて、私は迎えてくれたお手伝いさんらしき年配の女性の後ろにピタリとくっついた。
「……寧音」
そ、そんな『地獄の門からこんにちは』的な不機嫌声を出しても無駄だから。
聞こえないとばかりに無視を決め込む。
婚姻届のこと、せめて事前に言ってくれたら――――いや、多分まだ早いって理由で断ってただろうけど、でも、だからって、あんな暴挙は許せるものじゃない。
複写式のカーボン用紙を使うなんて。……大人って汚い。泣きたくなる。
もちろん鷹城さんは好きだし、将来結婚とかも考えたりするんだけれど。
ああ、でもあんな不意打ちは卑怯だ! っていうか、犯罪の匂いがプンプンする。やることなすことエゲつない。
眉間に深い皺を刻んだまま、私は玄関まで案内された。
「まあ、寧音さん! 必ずまた、お会いできると信じてました」
鷹城さんのお祖母さんは、わざわざ玄関の前で私達を出迎えてくれた。お祖母さんの柔らかな微笑を見たら、堪えてた緊張が解けてきて、うるっと瞳が潤んでしまう。
「お、お祖母さーんっ」
両手を広げて迎えてくれた彼女の胸に、うわーんと泣きながら飛び込もうとした私は、鷹城さんに首根っこを掴まれて阻まれてしまう。
「まあまあ。仲が良いのね」
ぎゅうぎゅうと私を拘束する彼の腕から逃れようと、私は必死で抵抗するんだけど、そんな簡単に放してくれるはずもなく。ぎりぎりと拘束する力は強くなるばかり。
私達の攻防を見て、お祖母さんは嬉しそうに口元を綻ばせた。
――――はーなーしーてーッ暴力反対ッ!
鷹城さんは有無を言わさぬ無言の威圧をけしかけてきて、ジタバタ暴れる私の身体が『ひえーっ』と縮こまってしまう。
鷹城さんは、『怖いだろちくしょー』とビビる私の首根っこをとっ捕まえたまま、ズルズル応接間へと引き摺ってゆく。
まるで刑事に連れられた犯人のようにして、私は応接間へと連行されたのだった。