春に想われ 秋を愛した夏


なんなのよ。
どうすればいいのよ。
私は何がしたいの?

近すぎる距離と小さな箱の中では、否が応でも秋斗を意識してしまう。
十月だというのに熱いと感じているのは、私が意識しすぎているせいなのか。

ほんの十数秒でドアは開き、つながったままの手を振りほどくこともできずに連れられていく私は、まるで犬の散歩のよう。
リードに繋がれた犬同然だ。
逆らうこともできずに、ただついて行くだけ。
餌でも貰ってしまったら、言いなりにならざるを得ないのだろうか。

そんな風に思っていると、ドアの前で鍵を取り出すときになって、秋斗の手が何の未練もないようにすっと離れていった。
その時に感じた僅かな寂しさに、私は無意識に目を背ける。

「そこそこ汚いけど、あがれよ」

言われるままに部屋に上がると、そう言うわりにはそれなりに綺麗に片付いていた。
いや、片付いている。というよりも、物がないのだ。
あるのは、小さなテーブルにパソコンにテレビと本棚。
それと、ベッドくらいのもの。

「何にもないんだね」

あまりにシンプルすぎる部屋に、ちょっと驚いた。

「一人暮らしするってなった時、物はほとんど持ってこなかったからな。そのかわり、実家の部屋はダンボールだらけだけど」

秋斗の実家へ行ったことはないけれど、春斗と二人で暮らしていたときの事は覚えている。
その時あった荷物のほとんどが、今は実家にあるというのだろう。

「じゃあ、洋服なんかは、ここにあるの?」

何の遠慮もなく、クローゼットのようなドアを開けると、スーツ類はちゃんとハンガーにかかっているものの、そのほかの物は、乱雑に突っ込まれていた。

「あ……」

雑然と積み上げられるように、入っている物たちに思わず言葉をなくす。

「……開けんなよ」

秋斗がそんな私の横から手を伸ばし、膨れたような顔をしてすぐにドアを閉めた。
その顔を見て、子供みたいだと思わず笑ってしまう。

「開かずの間だ」

クスクス笑う私へそういうと、薬缶にお湯を沸かしにキッチンへ行ってしまった。


< 151 / 182 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop