春に想われ 秋を愛した夏
繋がれた手はそのままに、銭湯の真向かいにある小奇麗なマンションへと連れて行かれる。
「ちょっと、待ってよ」
エントランスを潜り抜けたところで、私は立ち止まった。
「なんだよ」
「ここ、秋斗の家?」
「ああ」
真面目な顔つきでの返答に、どんな顔をすればいいものやら。
そもそも、今日この町へ来たのだって勢いみたいなものだった。
秋斗があんな風に私に想いを告げたり、寂しそうな背中を見せたりしなければ、この町に来る事もなかったんだ。
そうやって後先も考えずに踏み入った知らない町で、連絡先さえも知らない秋斗にまさか逢えるとも思っていなかった。
なのに、偶然とは恐ろしいもので、気がつけばこうして秋斗の住むマンションのエントランスにいる。
けど、逢ったからといって、どうすればいいのか。
突発的な行動を、私自身が理解していないのだ。
戸惑う私の表情に、秋斗の口角がイタズラに上がる。
「なに。今更帰るとか言うわけ?」
挑戦的な顔つきが、怖気づいたのか。とでも言っているようで、下手なプライドが邪魔をする。
僅かに睨みつけるような顔つきをすると、秋斗が視線を手元に下げた。
「その紅茶。飲ませてくれるんだろ?」
私の片手に握られている小さな紙袋の中身をのぞき見るようにして、秋斗が益々悪い顔つきになった。
「襲われる、とでも思ってんだ?」
「なっ!」
何言ってんのよ。
というセリフは、降りてきてしまったエレベーターへ強引に乗せられてしまい、口から出ない。
あっという間に秋斗のペースに乗せられて、狭い空間にたった二人きりになってしまった。