桜まち 
思い入れ






  ―――― 思い入れ ――――





「櫂君? ちょっと、大丈夫? 一人で歩けなくなっちゃった? げぇ出ちゃう? ここで吐かないでよ」

お酒にやられ過ぎてしまったのか、すっかり私に体重を預けてしまったのはいいけれど、ここで飲み食いした物を戻されたらたまらない。
しかも、櫂君てば重い。
気持ち悪くなるのは勝手だけれど、こんな風に寄りかかられても困るのよ。

「菜穂子さん……」

私の言葉が聞こえているのかいないのか、櫂君は私の名前を静かに囁くばかり。
その声がちょっとセクシーで、不覚にもドキッとしてしまった。
そんな優しい声で名前を呼ばれてしまったら、櫂君相手だというのに変な気を起こしてしまいそうだ。

駄目駄目。
後輩相手に、何をドキドキする必要があるのよ。
可愛い弟みたいなものじゃない。
いや、どちらかといえば、私が世話を焼いてもらっているからお兄ちゃんか?
どちらにしろ、このおかしな心臓の高鳴りは、とっとと鎮めなきゃ。

なのに櫂君てば、相手が私だと解っているのか知らないけれど、抱きつく片手が腰に回り、もう片手を私の頭の後ろに回してきた。
そのまま少し体を離すと、さっきの潤んだ瞳そのままにまた私の名前を囁いた。

「なほこ……さん……」

すると、首を傾げて顔を近づけてくる。
鎮めようとしていた心臓が、逆に更に暴れだし、早鐘に変わる。

「えっ。ちょっと待ってよ。櫂君、私よ? 菜穂子だよ? 相手、間違ってない?」

近づく顔に必死で言っても、まったく躊躇する様子がない。

ヤバイ。
これは、本気で酔ってるよ。

こうなったら、受け入れる?
どうせ酔った勢いでしょ?

キスの一つや二つ……。

いやいやいや。
待て待て。

落着け、菜穂子。
私には、望月さんという人がいるじゃないのよ。
キスをするなら彼とでしょ。

けど、もう顔が近すぎる。
キス……されちゃう?


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