彼の濡れた髪
締切明けのある日
「なぁ、カズ。壁ドンって流行ってるよなぁ」
「え?どうしたんスか?ヨシさん、急に」

漫画のアシスタントの二人が、締切明けにリビングで会話をしてるのを横で聞く。

「少女誌で特集にもなってるし」

ギィッと背もたれの音を鳴らし、スマホをいじりながらヨシさんが言う。

私はココの漫画家、『春野ユキ』先生の食事のお世話なんかをする〝メシスタント〟……兼、恋人。
その当の本人、ユキは脱稿してから寝続けて、もうすぐ20時間が経過しようとしてる。

「いやー、オレは女子じゃないからわかんないスけど」
「ほんとにイイのかなぁ?」

ソファに座ったまま時間を確認した後に、ふと二人を見ると、ぱちりと目が合った。

「えっ」

その視線……なんですか!

「ねー、ねねね。どうなの、実際!」
「どっ、どどどどどうって!」

ヨシさんに前のめりになって聞かれてしまうと、恥ずかしいくらいに動揺してしまう。
いや!これは別に、なにかを想像してたとかじゃなくて!
第一、ユキにそんなことされた覚えもないし!

「「えー」」

顔を真っ赤にしながら両手をぶんぶん振ると、ヨシさんとカズくんがハモった。
「えー」ってなに!!

急な展開に激しい動悸を抑えながらふたりを凝視する。
すると、突然ヨシさんがスッとその場に立つ。

「カズ。ちょっと立て」

言われるがままカズくんが立つと、乱暴に腕を引っ張って窓側に立たせる。
そして、カズくんよりも数センチ高いヨシさんが突然、ドン!と壁に手をつく。

「……な、なにしてんスか」
「……全然ダメだ。萌えない」

男の人同士での壁ドンを目の当たりにして絶句してしまう。それは瞬きも忘れるほどの衝撃だ。

「あっ、当たり前じゃないスか!!」
「カズ。ミキちゃんに付き合って貰えよ」

……は?今、なんて?
自分の耳を疑っていたところ、私に背を向けてたヨシさんがくるりと振り向き、楽しげな笑顔で続けた。

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