彼の濡れた髪
「ほら。デビュー目指すには何事も取材!経験!」
「えぇ!?なんスかそれ!大体ユキセンセに知られたらっ」
「じゃあミキちゃんにしてもらうか!それなら問題ないだろ」
「いやいや!おかしな展開ですって!ていうか、絶対楽しんでますよね?!」

……うん、私もそう思えてきた。
ヨシさんの余興みたいな提案に、知らん顔をしようとしたときに聞こえてきた言葉に止まってしまった。

「お前、好きな子いるんだろ?この流行りに乗って壁ドンでもしたらなんか進展するかもよ」

それって……メグのことだ。

それが、親友のメグのことだと心当たりを思い出すと、つい振り向いてしまう。
カズくんを見ると、少し頬を赤らめて困った顔をしてる。

カズくんもメグも大好きだから、二人が上手くいってくれたらうれしいことなんだけどなぁ。
私が言うのもなんだけど、メグがカズくんに対して鈍感なんだよね。

急に押し黙ってしまったカズくんを見ながらそんなことを思う。
そして、気付けば自然とソファから立ち上がって二人にゆっくり歩み寄っていた。

「そんなんでいいなら……1回だけ、付き合いますけど」

冷静に考えればわけわかんないことなのに、カズくんの表情を見てると切ない思いがなんだか伝わって来るようで。
私なんかでもなにか手伝えるなら……!と、〝役立ちたい〟精神が勝手に私を動かしてた。

「おお!ほら!カズ!ミキちゃんいーって!」
「いや、でも……んな急に、なにをどうすればいいのか……」

ぎくしゃくしている私たちを、手早くヨシさんがセッティングする。
あれよという間に、私は窓側に背をつけ逃げ場のない形になって、1メートルも離れず、カズくんが正面に立つ。

お互いにちらっと視線は合ったけど、なんだか照れくさくて同時に俯いた。

「はい!じゃー、ドン!」

……なんて間抜けな合図だろう。
なんて、そんなことを思いながら、変わらずカズくんの胸のあたりを見たまま立っていると、少ししてからカズくんが動いた。

ほんの少しの風切るように、頬の辺りをスッと腕が通り過ぎ、トン、と頭の横で音が聞こえた。

ゆっくりと視線をあげると、思いの外近い距離にカズくんの顔。
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