おかしな二人
あたしは、病気で他界した母の事を思い出した。
母に甘えた記憶は、僅かにある。
山崎の家に入るまでたった一人であたしを育ててくれた母は、仕事に追われ親子水入らずの時間をのんびり過す、なんてことがほとんどなかった。
あたし自身、幼いながらも忙しく働く母の背を見て、我儘は言わない、言っちゃいけないんだ。と思っていた。
それでも、ほんの時々近くの公園へ一緒に出かけたことや。
眠るまで手をつなぎ、傍にいてくれた事を思い出す。
あの温かかった手を。
本当の父親の記憶は、全くない。
あたしが物心ついたときには、既に父親なんてものは存在していなかった。
母の忙しさを目の当たりにし、父親の事を訊ねる事もしなかった。
それは、訊いちゃいけないことだ、とあたしの小さかった脳みそが認識していたから。
父親の事を訊ねれば、きっと母は困った顔をするはずだから。
結局、母は亡くなり、本当の父親の事は知りようもなくなってしまった。
けれど、後悔はない。
あたしと母の生活の中に、父親の存在は初めからなかったのだから。