HAPPY CLOVER 2-ないしょの関係-
#06 悪い虫、悪い事件、悪い予感。(side暖人)
 月曜の朝、不覚にも寝坊してしまった。

 菅原・西グループと一緒に遊んだのは結局時間の無駄だったように思うが、カラオケでの舞はいろいろな意味で強烈でいいものを見たな、などと回想していたら目が冴えて眠れなくなってしまったのだ。

 おそらく西はあのまま引き下がらないだろう。だから月曜の朝は早く行かなきゃいけない。……と思っていたのに、結局学校に到着したのは朝のホームルームが始まる五分前だった。

 何かおかしなことになっていないかと内心ひやひやしながら教室に向かうが、特にいつもと変わったところはない。教室に入ってみても変な視線を感じるようなことはなかった。

 しかし、真っ先に俺の目に飛び込んできたのは、舞と男が会話している姿だ。途端に自分の顔が険しくなるのを感じたが、わざとゆっくり呼吸をして平常心を保とうとする。

 自分の席にたどり着くと、鞄をドサッと乱暴に下ろして机の横に掛けた。それから横を見る。

「読んだことないなら、まずこれがお勧めだけど、読む? 貸してやるよ。俺、もう何回も読んだから返すのいつでもいいし」

「えっと、今読んでいる本もあるので……」

「それ読み終わってから読めば? 夏休み中持ってていいから」

 舞と話しているのは声だけでなく容姿までもがサルっぽい沖野だった。机の上には煌びやかなカラー印刷で太腿がやたらと強調された猫耳の少女が真ん中に描かれた文庫が載せられている。いわゆるラノベの文庫だ。

 沖野は舞に自分の好きな本を押し売りしているようだ。困惑した舞は助けを求めるように俺にチラッと視線をよこす。

 仕方なく舞に「おはよう」と声を掛けた。

「おはようございます」

「おう、清水」

 ――何が「おう」だ。お前に言ったわけじゃないっつーの。

 ムカつきながら「ああ」と適当な返事をする。

「まぁ騙されたと思って読んでみろって。この作家は他のラノベ作家とは一線を画してる本格派だから」

 ――何を基準に本格派とか言ってんだ? だいたいお前は漱石とか芥川とか太宰とか、日本におけるメジャーな作家ですらまともに読んだことないだろうが。

 沖野の言葉にいちいちツッコむあたり、俺は相当イラついていると思う。余裕がないのはみっともないがこればかりはどうしようもない。

 もう一度舞の机の上を見た。

 ラノベと呼ばれる作品を初めて読んだのは中学生のときだった。弟の本棚にある日突然それらは現れたのだ。俺も一応は興味が合ったので読んでみた。

 だがそれがどんな内容だったかと問われると正直全く思い出せない。最後まで読んだのだから面白かったはずだが、要は俺の趣味に合わなかったということだ。誰が悪いわけでもない。ちなみに弟の本棚では今もラノベが増殖中だ。

「じゃあ読んでみて」

 沖野がそう言い残して立ち上がろうとした。それを見て俺は咄嗟に口を開く。

「それ、俺が先に借りるわ」

「あ?」

 中腰の沖野が俺を睨む。やっぱりそうか、と思うがそれはおくびにも出さず、舞の机の上に積み上げられた本を自分の机の上に移動した。

「俺が読んでから舞に貸すよ。夏休み中貸してくれるんだろ? これくらいなら俺も高橋さんも一冊一時間もあれば読める」

「マジかよ? これマンガじゃねぇぞ。それともお前ら速読とかできんの?」

「普通に読んでも一時間くらいしかかからない」

「……ったく、嫌味なヤツ。ま、好きにしてくれ」

 チャイムが鳴ってすぐに担任がやって来たので、沖野はそれ以上何も言わず自分の席に戻っていった。

 俺はそのやけにカラフルな表紙の本を鞄に無造作に詰め込んで、改めて舞を見る。彼女は俺の態度を息を詰めて見守っていた。

「沖野と仲いいんだ?」

 そうじゃないことはわかっているけど、なぜかこういう言い方しかできない。俺は今、ものすごく嫌な人間になっているという自覚はあるのだが、自分の感情を制御できない状態にあった。

「まともに話をしたのは今日が初めてでも仲がいいって言うのならそうなのかも」

 ため息混じりの呆れたような声が隣から聞こえてきた。

 俺は大きく息を吸って負の感情が爆発しそうになるのを何とか抑えた。因縁をつけたのは俺のほうだから舞が怒るのも無理はない。

 それっきり舞はこちらのほうを見ようもしない。仕方なく俺も担任の話に耳を傾けた。

 昨日のカラオケあたりから嫌な予感はあった。舞の隣に沖野が座って、何となく沖野が舞を意識しているように感じたのだ。マイクを渡す動作さえも沖野にしては珍しく緊張気味で、それが俺の神経を大いに逆撫でする。いちいち目くじらを立てていたらキリがないのはよくわかっているが、一度気にし始めるとそういうところばかりが目に入ってきて、俺はどんどん不愉快になっていった。

 沖野には悪いが、舞が俺からヤツに乗り換える可能性は限りなくゼロに近いと思う。

 そうは思っても、やはり気に入らない。

 しかし、沖野がこういう行動に出たのは少し意外だった。僅かな時間でも隣に座った女子を強く意識してしまうことは誰にでもあると思う。だからあれはその場だけのことだろうと高を括っていたのだ。

 それにしても俺と舞が付き合っていることを知っていながら、舞と仲良くなりたいがために唯一の接点と思われる小説をネタに話しかけてくるのだ。俺もずいぶん見くびられたものだと思う。

 というか恋愛沙汰に疎い沖野の場合、俺と舞のことをどう認識しているのか不明だ。そこが怖い。

 そんなことを考えているとあっという間に朝のホームルームは終わり、一時間目の授業が始まる。舞も他のクラスメイトも特に変わったところはない。沖野のことは少し気にかかるが、それ以外はあまりにも平穏すぎて不気味なくらいだ。

 まぁ、何もないのが一番いい。それほど心配することもなかったな、と思いながら入ってきた教科担当の教師の動作をぼんやりと見ていた。



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