真夜中のパレード
小さな綻び

上条に会った後、透子は母親の入院している病院に来ていた。


母の病室に入る。
部屋の中は、すえたような独特の臭いに包まれていた。


眠っている母親の傍らにある椅子に腰掛け、手を握る。



「お母さん」


そっと呼びかけるけれど、
母が目覚めることはない。


入院してから、もうずっと意識が戻っていなかった。


「透子だよ。お見舞いに来たよ」


当然、答えが返ってくることはない。


それでも透子は笑顔で話し続けた。


眠っているように見えても、
本人の意識の底で聞こえていることもある。


こうやって家族が触れて話しかけることで
病状が回復することもある、
と医者から言われたのを信じていたからだった。


「今日はね、上条さんと大きな公園に行ったの。

上条さんのことは、前話したよね?

楽しかったよ。

池に大きな鯉がたくさんいてね。
餌をまくと、わーって一気に寄ってくるの。

落ち着いた雰囲気で、
お母さんもきっと好きな場所だよ。


桜が咲いたら、お花見したいよね。

元気になったら、一緒に行こうね」



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