私の優しい人
◆10◆
 ◆啓太side◆


ようやく窮屈な箱から抜け出し、足早に改札を抜ける。

 遠目から、待ち合わせ場所で待っていてくれている彼女の姿を捉えて、少し心配になった。

 荷物が大きい。

 もしかしたら、彼女は知らず知らずの間に他人に迷惑を掛けている人なんじゃないかと、ふと思った。
 彼女のキャリーバッグが後ろを歩く人の邪魔をしたり、突然止まって驚かせている姿がよぎった。

 さすがに彼女も大人だし、それはないか。
 自分の心配性を跳ね除け、彼女に近付いていった。


 彼女、里奈と知り合ったのは一年前。

 出会ってすぐ、不思議とこの人とはこの先も一緒にいるんじゃないかと、それが自然なんじゃないかと感じていた。

 ただし、転勤や仕事の忙しさを思うと、すぐに結婚へは心が向かない。

 そんなハッキリしない僕を、それでもいいと彼女は受け入れてくれて、正直ほっとしていた。


 思った通り、彼女との付き合いは順調に進んだ。

 すぐに彼女の誕生日が来て、最初にプレゼントしたのは腕時計だった。

 何かある度に時間を確認しようと、バックの中を漁っては携帯電話を探す彼女。
 何が入っているのか未知数な中から引きずりだすのには、少々の時間がかかる。

 彼女のバックはいつもパンパンに膨らんでいる。

 重装備だ。

 財布もカード類で分厚い。

 ハンカチ、ハンカチ予備。ティッシュ、ティッシュの予備。とにかく予備に余念がない。


 会社でもこんな感じなんだろうか。
 彼女のデスクが心配だ。

 引き出しはスムーズに開くのだろうか。
 物で溢れる様を想像して怖くなった。

 そういう彼女を見てきたから、プレゼントするならこれだろうと、最初に浮かんだのが腕時計だったのだ。

 理想的な物が店頭で見つからず、店の人と一緒にカタログから選んだのは、国産メーカーのもの。

 生活防水、電池交換不要。
 少し色気がないような気もするが、彼女に必要なのはこの機能だろうと思うと決断は早かった。

 きっと彼女ならブランドなんかには拘らない。
 ああして欲しい、こうして欲しいという我儘がない人だ。

 思った通り、彼女は素直に喜びを表した。
 すぐにラッピングをほどき、サイズ調整していない、少し大きくて腕で回ってしまう物を、その日ずっと身に着けていた。


「嬉しい。ありがとう」
 その台詞を何度聞いたか分からない。

 僕の目を見て話しながらも、いつの間にかその視線は腕へと吸い込まれている。

 その意識のない動きで、彼女が本当に喜んでいてくれる事がわかる。

 そう。彼女は分かりやすい人だ。


 そんな風にデートを繰り返すうち、僕はホテルのベッドで眠ってしまうようになった。

 仕事帰り、そして全力を注いだ後はばたりと倒れ込んで動けない。

 それでも、シャワーも浴びずに、しかも裸のままで眠ってしまうなんて、僕にはあり得ない事。

 僕の首元まで布団が掛かり、背中に回された彼女の手が、とんとんと労わるように叩く。


 心臓のトクトク。
 彼女のトントン。

 ずれていた音がいつしか重なり、スーッと眠りに引き込まれる。


 いつもは仕事に疲れて、厚い壁がばたんと倒れるように眠りに落ちる。
 その場合はまだいい。

 ゆっくりと時間が取れて蒲団に入った時の、意識が遠くなり落ちる瞬間にはっとして息苦しくなる時、あれが怖い。
 彼女と一緒だとそれがない。


「啓太さんそろそろ起きて」

 彼女の言葉にはっとして上体を起こす。

 短時間の休息では脳が休みきれていないのだろうか、覚醒が早い。

 ホテルに行った夜は、それを繰り返している。
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