優しい手①~戦国:石田三成~【完】

その優しい手は――

両親の字すら満足に覚えていない頃に2人は居なくなってしまったので、正直桃は実感が沸かないまま、あれから何度も何度も手紙を読み返していた。


…また手紙の中で名指しされた謙信も内心、喜びを感じていた。

戦を前に喜びを感じるなど…今までなかったことだ。


「尾張に戻らなくても彼らはここにやって来るよ。私は越後を侵されたくない。それに君のことも守りたい。だから一石二鳥なんだよ」


「謙信さん…」


にこ、と笑んで脇に控えていた兼続に目を遣ると、それだけで謙信が何を言おうとしているのか理解した兼続が頭を下げて部屋を出て行った。


「さて、私もちょっと軍議に行ってくるから桃はゆっくりしてて。三成」


「…」


今まで目線を合わせようとしなかった2人の切れ長の瞳と柔和な瞳がぶつかり合い、口を開いたのは謙信だった。


「織田信長は君の主君の秀吉公を伴ってここにやって来るだろう。その時君はどうするの?尾張に戻って私と戦うの?それとも…反旗を翻すの?」


「…っ!」


信長が深手を負って余命幾許もない中、次の天下は秀吉が獲るであろうというのは暗黙の了解だった。

戦上手だし、話術もある。

すでにかなりの国が秀吉の傘下に下り、戦ともなれば…雪崩のように、越後へと攻め込んでくるだろう。


「三成さん…」


桃も想像していなかったのか、瞳も唇も震えていて、謙信は“言うべきことは言った”というように脇を通り過ぎて襖を開けると、振り返らずに言い放つ。


「私はどちらでもいいよ。だけど敵になるのだったら、君を真っ先に討ちに行く。桃に君のことを忘れてほしいからね」


「謙信さん、そんな…っ、ひどいよ!」


つい声を荒げて縋るように立ち上がった桃にも謙信の決意は揺るがない。


「それが戦であり、武将というものなんだ。今日味方だった者が平然と裏切って明日敵になる。ここはそういう世界なんだよ。三成だって例外じゃない。君は秀吉公を裏切れるのかな?」


膝の上で握っていた拳が真っ白になるほど力を入れて、桃は三成の肩を揺らして何度も首を振った。


「やだ、三成さんやだよ!敵とか…やだ!」


「桃…」


それぞれの決断が、迫ってくる――
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