優しい手①~戦国:石田三成~【完】
謙信が部屋から出て行き、部屋の中が静寂に包まれた。


桃は必死の形相で三成の肩を揺らし続けたが…

唇をかみ締めたまま一言も言葉を発さない三成の顔は…苦渋に満ちていた。


「三成さん…」


「…すまぬ、少しだけ一人にさせてくれ」


――一緒に居ることを拒まれて泣きそうになったが、三成もいきなり現実を目の前に叩きつけられて動揺しているのはよくわかる。


だから、立ち上がり…その脚で桃は毘沙門堂へ向かって、主不在のまま中へと勝手に入り、毘沙門天の像の前で正座をして、憤怒の形相を見上げる。


「私…どうしたらいいのかなあ…」


間違いなく戦の引き金となっているのは…自分だ。


この時代の人間でもなければ、時代を正しく導くためにやって来たのに…


どうしてこんなことになってしまったのだろう――?


「毘沙門天さん…教えてください。私、どうしたらいいですか…?戦なんか、やだよ…。三成さん、離れて行っちゃやだ…!謙信さん…三成さんを殺しちゃやだぁ…」


言葉に出すとさらにつらくなって、身体を丸めて泣いてしまい、涙は枯れることなく、止めどなく溢れ続ける。


「桃…」


はっと顔を上げると、いつまでそうしていたのか…謙信が背後に立っていた。


「謙信さん…」


「さっきの言葉は嘘じゃないよ。君がそうやって三成を想って泣くから私は三成を斬るんだ。…もしそうなったら君は私を恨むのかな。…恨むよね」


問いかけているのに、自問自答をぼそりと呟いて背を向け出ていこうとする謙信に縋りついた。


「お願い、殺さないで!」


「…桃、決断はもう目の前だよ。私を選んでここに残るか…三成を選んで尾張に戻るのか…決めなさい」


「え…」


振り返ってくれず、身をよじって顔を覗き込んだが、長い前髪が邪魔をして謙信の表情はわからなかった。


「三成を選ぶのなら、今夜は三成の部屋へ。私を選ぶのなら…」


ようやく肩越しに振り返り、そっと頬に手を伸ばしてきた。


「待っているよ。君が私の部屋へ来るのを待っている」


「けんし、ん、さ…」


膝から崩れ落ちた。


どうすればいいのか、全然わからなかった。
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