新緑の癒し手

 本来、採血は身体に多大なる負担を与えるので一ヶ月のうちに数回の採血となっているが、数十年ぶりの巫女の誕生に浮き立っているので、彼等が巫女を酷使するのは目に見えている。

 殺さず、ギリギリの位置で――

 巫女は、癒しの女神イリージアの力を受け継いでいる者。巫女を無碍に扱うのは、女神への冒涜に繋がるというのを神官達は知っているだろうが、今回彼等の理性がぶっ飛ぶに違いない。

 だからといって、神官達に意見を言うことはしない。若者の意見は癒しの巫女の力に頼る者達にしてみれば、邪魔そのもの。それ以前に、若者の意見に耳を貸してくれるものはいない。

 騒がしい。

 普段、神殿内は静寂に包まれているが、今日は浮き足立っている神官達が駆け回り賑やかだ。その中で一人冷静でいるのがこの若者であり、唯一巫女の身体を心配している人物といっていい。

 しかし、誰も知らない。

 若者は再び歩き出すと、神殿の裏手――人が滅多に訪れない、荒れ果てた庭園へ向かった。女神イリージアを祀る神殿ということで、人目に付く場所は掃除が行き届き清潔さを保っている。また庭師の手で木々は綺麗に剪定され、季節によって色鮮やかな花々が咲き乱れる。

 篤い信仰の賜物――といえば聞こえはいいが、美しく飾り立てているのは表面だけで、裏に回れば荒れ果てた光景が広がる。剪定されていない木々は四方に伸び、枝から舞い落ちた葉は駆れ腐っている。

 噴水だった物は長年の風雨に晒された影響で大半が崩れ落ち、表面に施されていた人間の形をした彫刻は無残な姿を晒していた。以前は「庭園」と呼ばれる美しい場所であったが、人の手が入らないと一気に衰退の道を辿る。だが、自然は人間の手が入らない場所ほど力強い一面を見せる。

 植物は自分の力で生き続け、子孫を確実に残している。手入れが行なわれていた頃は調和を中心に植物を配置していたのだろうが、今では全てが融合を果し、別の「美」を生み出している。

 若者は庭師が手入れしている庭園も好きであったが、自然が自由に生み出した庭園も好きで、どちらかといえば此方の方が落ち着けた。そして鼻腔を刺激する強い匂いの発生源は、咲き乱れている真紅の薔薇。

 この薔薇も当初は庭師の手で綺麗に剪定されていただろうが、今は四方八方に枝を伸ばし至る場所に真紅の花を咲かせている。自然が作り出している美を愛でつつ、若者は草が伸び放題の荒れ果てた庭園の奥へ草木を掻き分けるようにして突き進んで行くが、途中で脚が止まった。
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