新緑の癒し手

「私、ダレスの作った話も聞きたかったわ。頭がいいもの。きっと、素敵な話を作ると思うわ」

「俺は、フィーナ様ほど物語を作るのに長けてはいません。どちらかといえば、読む方です」

「……ちょっと残念」

「ご期待に沿えず、すみません」

「違うの。本当にちょっと気になっただけなの」

 感情を持つ生き物は外界の影響を強く受け、精神面が構成されていく。ダレスが彼女に物語を語ろうとしないのは、その物語で彼女の純粋な面を傷付けてしまうのではないかと恐れたからだ。そしてフィーナには純粋な面を保ち続けて欲しいので、悲観的な物語を語ることはしない。

「強制しているわけではないわ。えーっと、この話も主人公とヒロインが活躍するのかしら」

 部屋の中を漂う気まずい空気を払拭したいのか、フィーナはダレスが持つ本に登場する人物について尋ねる。だが、この話は男女が活躍するという話ではなく、魔法を使用できる兄弟が主人公の話であった。また、女の登場人物は少なく大半がシリアスな展開だと説明する。

 男女のラブロマンを期待しているフィーナにとってこの話の登場人物は相応しくないと判断したダレスは、手渡した本を彼女が望んでいる話の本と取り替えようとするがフィーナは頭を振る。本来であったら主人公とヒロインの活躍を望むが、彼の説明で彼女は「魔法」強く惹かれた。

 それがどのように物語の中で使用され、話の展開に関わってくるのか興味が尽きない。それにラブロマンスを望んでいたら、全ての本を読むことはできない。だからこの本を最後まで読み、別の本はまた次に借りるとダレスに話す。勿論、この話も読み終えたらダレスに感想を話す。

「貴方のお陰で、本が好きになってきたの」

「それは良かったです」

 彼女にそう言葉を返すと、次に貸す本は主人公とヒロインが活躍する話を用意すると約束する。どのような内容でも優しく対応してくれるダレスの心遣いにフィーナは申し訳ない気持ちが溢れるが、彼は自分が置かれている立場を優先しているからと彼女の言葉を否定した。

 役割。

 ダレスが何度も口にしている単語にフィーナの心がチクっと痛みだすが、彼に返すのに相応しい言葉が見付からないのか急に俯いてしまう。ダレスは沈黙を続けているフィーナに視線を合わせると、自身に課せられた役割のひとつである勉学の講義を行うと彼女に告げた。
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