ちょっと黙って心臓
足に力が入らなくなって、ぐらり、からだが傾いた。



「っ、すずむら……っ」



焦ったように、志摩が手を伸ばす。

あたしの後ろ、ちょうど頭がぶつかる部分に、机があって。それからかばうように、志摩の手のひらがあたしの後頭部を包んで引き寄せた。



「っぶね……」



目の前に、志摩の制服のシャツがある。あたしはぺたりと床に座り込んで、志摩に抱きしめられていた。

安堵したように息を吐いた志摩が、一瞬遅れてこの状況に気付いたのか、そのまま硬直する。



「し、志摩……」



呼吸をするたび、志摩のにおいがして。そのたびに、どくんどくんと、心臓が大きく鳴る。

事故、だけど。あたし今、志摩に抱きしめられてる。

そう思うとかあっと頬が熱くなって、きっとあたしも今、顔真っ赤だ。


たぶん、たった数秒だったんだろうけど。すごく長い時間に感じた沈黙の後、ぐっと、志摩があたしの両肩を強く掴んだ。

弾かれたように顔をあげた、あたしの前に。夕陽のオレンジ色を浴びた、志摩の真剣な顔があって。

そのまっすぐな黒い瞳に、吸い込まれそうになる。



「鈴村……」



息を吐くように、志摩があたしの名前を呼ぶ。

だんだん、その顔が近付いてきて。けれどもあたしは、それをただ見返すことしかできなくて。



心臓、うるさい。顔、あつい。


……ああ、もう、動けない。









/END
2014/09/28
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