天使の贈り物 

1.生(せい)のない世界



「桐生奏介さん、第一診察室にお入りください」


看護師のコールと共に、
俺は待合室のソファーから立ち上がると
ゆっくりと、その白い扉を開いた。



俺、桐生奏介(きりゅう そうすけ)は
今、仲間である翔琉(かける)の勤務先である病院の
心療内科の診察室へと来ていた。



「桐生さん、
 この二週間はどうでしたか?」



主治医である担当医が、
何時もと変わりない会話を始める。



「別に。
 何時もと変わりません」

「睡眠はどうですか?」

「眠っていてもすぐに、
 あの日の夢を見て飛び起きます」

「焦りは禁物ですよ。
 まだまだ桐生さんの心も休息が必要ですから。

 お薬も引き続き、出しておきましょう」




ただやり過ごしたい時間。



忘れてしまいたい過去を
何度も何度も、引きづり出すように
思い返させる時間。



主治医と話しながらも、
俺の体はフラッシュバックの前兆か、
PTSD(心的外傷後ストレス障害)の前触れか
指先が自分ではコントロール出来ないくらいに
ブルブルと勝手に震え始める。



そんな震えを強引に押しとどめるように、
逆側の手で、その指先をきつく握りしめる。



「手の震え、今も続いていますね。

 大丈夫ですよ。
 ゆっくりと、ゆっくりと歩いていきましょうね」



そう言うと、担当医は
デスクのPCを使って、処方箋などの手続きを取りおえると
次回の予約日を告げて、
手の震えが、ようやく落ち着き始めた俺を
診察室から見送った。





半年前、俺たちが住むその場所が
大地震に襲われた。


その大地震が俺から奪った存在は、
俺に音楽と言う夢を与えてくれた
大親友の晴貴(はるき)、
そして俺の彼女、美空(みく)。



晴貴と美空を失った俺の時間は、
あの日を境に、生(せい)を失った。



俺自身の心が、
生き続けると言う行為を拒絶してしまったから。



晴貴とデビューを夢見て
ずっと中学の頃から続けて来たバンド活動。


晴貴をボーカルとして、
次々と出逢っていったバンド仲間。


ドラムの煌太(こうた)。
ギターの翔琉(かける)。
ベースの悠生(ゆうせい)。

そして、もう一人のギターの俺と晴貴。



俺たちが夢に託した
バンドの名前は、NAKED BLUE。


何もかもが真っ青な空の様に。
いっぺん曇りもない、そんな存在でありたい。

嘘偽りのない姿で、俺たちの言葉を想いを届けたい。
そんな想いを込めて……。
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