【続】三十路で初恋、仕切り直します。
「丹羽くん遅くなってごめんね。さっきこのメール見たけど、試作の件よね?また冬野さんから直前で仕様変更言い出してきたんでしょう。もうどこもラインは手一杯、今月の計画分は120パーセント超えてるし、こんな短い納期じゃ普通に考えたら対応出来ないわよね」
メールには現場のことなどまるで念頭にないような数字が踊っていた。
「これだともう計画組み直しても意味がないから、量産ラインのどこかに無理やり試作捻じ込むことになりそうだけど、その前に冬野さんと技術部の方で話をつけてもらわないとね。これって技術部は初瀬さんが担当だったよね。困ったな、あの人休日はホント電話出ないし……」
話ながらラインの進捗表に目を通していると、妙に視線を感じた。不審に思って顔をあげると、田子と丹羽がなんともいえない表情をしてこちらを見ていた。
いつもならば怒鳴り散らしてくるはずの田子も、泰菜に指示を仰いでくる丹羽も、じっとこちらを見たまま何も言わない。二人の沈黙と視線がどうにも居心地が悪い。
「どうかしたの?」
丹羽の顔を覗き込んで訊くと、丹羽は「いや」と不明瞭なことを言って口ごもる。
「何?はっきり言ってくれていいのよ」
「えっと、その」
言い難そうにもう一度言い淀んだ後、丹羽は思い切ったように口を開いた。
「その。……相原さんでも、スカート、穿くことあるんですね」
予想外の言葉に、思わず馬鹿みたいに丹羽の顔を見詰め返してしまう。
泰菜たち生産管理課の課員は、上に作業着さえ羽織れば就業中の服装に特に規定はない。けれど現場に出向くことが多い仕事柄、基本はデニムなど汚れてもいい丈夫なズボンを穿き、就業中はスカートを穿くことを控えていた。ロッカーはあるけれどいちいち着替えるのが面倒なので、泰菜は面接に来たときを除き職場にスカートを穿いてくることがなかった。
今日のワンピース姿は、休日出勤の、それも出先からの出勤だったからこその姿だった。
見慣れないからなのだとしても、そんなに物珍しそうな顔をされるとなんだか妙に恥ずかしい気分になってくる。その気持ちを隠すために言った「わたしでもって……どういう意味よ」の言葉が、妙につっけんどんな言い方になってしまう。丹羽はちらりと泰菜の膝元に視線を落とすとふっと笑う。
「や。なんかいいっすね」
普段お世辞など言ったりしない素朴な青年が放った一言に、丹羽よりも年長者だという分別も忘れて照れてしまいそうになる。
「……はいはい。褒めてくれてありがとうね」
「化粧もしてますよね?マジで今日の相原さん、なんかいいっすよ」
メイクはいちおう、毎日してるんだけどなと思いながら、8つも年下の男から褒められる気恥ずかしさをやり過ごそうとしていると、仏頂面になった田子が割って入ってきた。
「なぁにが『いいっす』だってんだよ。相原にデレデレしてんじゃねぇよ、この青二才がッ」
そう丹羽を叱りつけながらも、田子も妙な目つきでじっと泰菜を見てくる。
「……班長までなんですか」
「いや。でもたしかすげぇ化けたよな。俺ァ相原がはじめて女に見えたぞ」
「ちょっと班長。それ絶対褒めてませんよね」