【続】三十路で初恋、仕切り直します。





「優衣ちゃんと鉄っちゃん先輩が付き合ってたなんて、全然想像もしてなかった」


テーブル越しに向かい合いながら、優衣と久し振りのおしゃべりを楽しんでいた。

優衣の夫である藤はコーヒーを飲み終えると「ちょっと俺本屋で探したいものがあるからふたりはごゆっくり」と言って席を外した。たぶん仲の好い友達との再会を喜んでいる妻を気遣って、気楽な女同士で話をさせてあげようということなのだろう。藤は昔からさりげない気配りの出来る人だった。


「鉄平との結婚を全然想像してなかったのは当の私も同じよ」


笑いながらそう言いつつも、実は在学中いちばん声高に「鉄っちゃん先輩、性格はすごくいいんだけどね」と惜しそうに言っていたのは優衣だった。


大学生のときは結局ただの先輩後輩の仲だったもの、1年ほど前にたまたまお互い同僚と飲みに行った居酒屋で再会し、それから二人で会う仲に発展したのだという。


「へえ。たしかに今の先輩なら、おしゃれだし、髪型もすごい清潔感あったし、優衣ちゃん的にもアリだと思えたんだ?」


泰菜の言葉に優衣が吹き出す。


「おしゃれ?鉄平が?ないない」

そういいながら手をぶんぶん振って、チョコチップたっぷりのスコーンにかぶりつく。


「再会したときも酷いもんだったのよ、いい社会人がぼさっぼさの浮浪者みたいな頭で。おまけにね、結婚するつもりだった長く付き合ってた彼女に振られたばっかでボロッボロ。失恋のお慰め会しているところだったみたいで、同僚の人にひどく泣きついててね。あのときの鉄平、もう笑えるくらいみっともない姿だった」


優衣はそこでいったん言葉を切ると「でもね、チャンスだと思ったの」と囁く。


「結婚願望引き摺ったまま手痛い失恋した男ってね、びっくりするくらい簡単に落ちてくれるっていうから」




< 8 / 167 >

この作品をシェア

pagetop