ホルケウ~暗く甘い秘密~



9月に入って最初の日曜日、海間信弘は町の中央から少し外れた住宅街に、車を走らせていた。

心なしかドクドクと心臓が早鐘を打つが、信弘はそれらを無視し、ハンドルを切る。


(とうとうこの日が来たか……)


前々から、現町長、高橋勲夫から会談を申し込まれていた。

しかし、猟友会の会合がたびたび重なり、信弘と高橋のスケジュールは中々合わないまま、時間が過ぎていったのだ。

小ぢんまりとしたクリーム色の家屋の前で、いったん車を止める。

バックミラー越しに、玄関の横のウサギと小人の像が目に入り、ずいぶん可愛らしい家だ、と信弘は思った。

そつなく仕事をこなすと評判の高橋のイメージからは、かなりかけ離れてはいるが。


(奥さんの趣味なんだろうか……)


インターフォンを押して、出迎えてくれた高橋夫人を一瞥し、信弘はこの家の外観は彼女の趣味と確信した。

白いブラウスに、サーモンピンクのスカートという、実に可愛らしい格好である。

リビングに通してもらい、淹れてもらったコーヒーをチビチビ飲みながら高橋を待つ間、信弘は些か居心地が悪かった。

自分の家とはまったく違う趣のこの空間は、免疫の無い信弘にとって大変困ったものだった。


(せめて里美がこういったものを好んでりゃ、そこまで気にしなかっただろうに……)


そう思い、孫娘の顔を思い浮かべるが、想像は一瞬で消え去る。

男勝りに育った里美は、機能的なものしか好まない。

その里美を育てた母、信弘の娘もまた、信弘や里美と同じく機能的なものを好み、男らしい性格であった。


「お待たせしました」


白いニットセーターにベージュのパンツというスタイルで、ふらりと高橋が現れた。

向かいのソファーに座るなり、残念そうに彼は告げた。


「本当は増田さん……警察署長もお呼びしたかったんだが、予定が合わなくてね」


高橋夫人が二杯目のコーヒーを淹れてから部屋を出ていくまで、信弘は無言だった。


「海間さん」


静かな部屋に、高橋の声が良く通る。
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