ホルケウ~暗く甘い秘密~


その時、気持ちはどこまでも絶望の海に沈みきっていたが、留守電の表示を見るなり、玲の中に新しいマイナスの感情が積もった。

今日もまた、スミス神父の養女アリアナから電話が来ている。

三件連続で見ないふりをしていたが、そろそろきつい。

仕方なく電話をかけ直し、待つことたったのワンコール。


「もしもし」


あり得ない速さで、アリアナは電話に出た。

まるで待ち構えていたかのような素早さに、内心ちょっとだけ引く。


「多分いつもと用件は同じなんだろうけど、一応折り返しの電話かけておこうと思って」


感情を見せない淡々とした声でそう告げれば、アリアナは意外そうに呟いた。


「律儀ねぇ。まあ、あなたの予想通りよ。リリスの長として、あなたの身体能力がどうしても諦められないわ」


アリアナ曰く、玲は血の濃度こそ半人狼であるものの、力のコントロールや身体能力は、並の人狼よりも高いらしい。

普通人狼の群れには半人狼はいないが、アリアナは特別に計らって、玲をリリス族に引き入れたがっていた。


「嫌だよ。人狼の群れに身を置くってことは、人に戻るのを諦める意思表示だろ。俺はまだ人間卒業するつもりないから」

「あなた一人じゃ情報の収集もままならないでしょ。それに、年上の幼なじみの女性を守りたいんじゃないの?」

「守るよ。ちゃんと俺一人で」


今度こそ、という言葉が喉元までせりあがったが、辛うじて飲み下す。

愛子を守れなかった過去から目をそらすつもりはない。

しかし、今回は状況が違うのだ。


「いい加減諦めなって。俺は妥協したりしないから」


電話を切り、ふとリビングを見回せば、去年のクリスマスの惨劇の記憶が鮮やかに蘇る。

初恋の人への気持ちはもうないが、玲は暗憺たる表情の自分を鏡に見た。

また守りたい人が、大事な人が出来た。


「……しっかりしろ」


鏡の中の自分に向かって呼び掛ける。

あの人が欲しいなら、まずは守らなければ。

最近監視の目が緩んできてはいるものの、シフラはまだりこを狙っているだろう。

ハニーブラウンの自分の目を改めて見つめながら、玲は固く唇を結ぶ。

まだ、自分の気持ちを直視してはいけない。

少なくとも、りこの周りをシフラがうろつかなくなるまでは。


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