僕らが大人になる理由


「鍵、ありがとうございます…じゃあ、また明日…」



あたしはそう言って中に入ろうとした。逃げようとした。

けれど、紺君がそれを阻止した。

閉めようとしたドアを、彼が片手であたしとは逆方向に開いた。


「えっ…」


――見上げた彼は、くっきり二重で、恐ろしく眼光が鋭い。

黒目がちな瞳が、あたしを見下ろしている。

濡れて艶やかになった黒髪から落ちた水滴が、あたしの頬に落ちた。


「…なにか、あったんですか」

「え、とくになにも…あっ、このDVD由梨絵さんから!」

「由梨絵? なんで由梨絵? 由梨絵と会ったんですか?」

「あ、さっき偶然…」

「…それで、何か言われたんですか?」

「こ、紺君が、孤児院育ちだって…」

「……はい。それから?」


なんで、こういう時に、諦めなくちゃいけないって思い知らされたときに、そんなに優しい声を出すの?

あなた、ロボットなんじゃないんですか。

そんな声出したり、そんな瞳で見つめる機能、あったんですか。

そもそもあたしを無視してるんじゃなかったんですか。

避けてるんじゃなかったんですか。

訳が分かりません。



困りますよ。

紺君。



「紺君と由梨絵ちゃんは同居してて、小さい時から、いつも由梨絵ちゃんと一緒にいて…」

「…はい」

「由梨絵ちゃんにとって紺君はすごくすごく大きな存在で…」

「……はい」

「あたしには到底…分からない絆がそこにあって…」

「………」


自分で言ってて、笑えた。

自分には分からない絆があるから、だからあなたを諦めます。なんて。
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