悠久幻夢嵐(2)-朱鷺の章-Stay in the Rain~流れゆく日々~









その朝、いつもより早めに出た俺は、
桜瑛を秋月に送り届けて、
久しぶりに、香宮学院へと顔を出した。





クラスに足を踏み入れた途端、
今までと違った空気が
教室内を包み込む。




『徳力君、
 入院してたんだって?』

『体は大丈夫?』



打ち解けることすらなかったばすの
クラスの奴らが、
俺を気遣うように話しかける。




「おはよう、神威。

 ちょっと
 この問題教えてくれよ」




そう言いながら、
俺に近づいてくるのは
陸奥虹也。




遠巻きにずっと俺を見ていた奴が、
一斉に話しかけてくるようになったのは、
コイツが原因か?




「ほら、寄越せよ」




差し伸べた手には、
アイツのテキストが握らされて、
その場で、
問題の説き方を説明していく。




それに便乗するかのように、
次から次へと、
差し出されるテキスト。





求められるままに、
問題を解いているうちに、
時間は過ぎて、
期末試験が始まった。




瞬く間に期末試験の一週間は終わって、
一応、余裕の好成績をおさめた俺たち
夏休みへと突入していった。





夏休みの間、
俺が出向く先々に、
陸奥は姿を見せて付き従う。



それは先代村長の孫としての
彼に一族が託した役割のようだった。




朝から晩まで、
休みなく
動き続ける分刻みのスケジュールに、
陸奥は、うへぇーっと声を上げる。






「おいっ、次行くぞ。

 疲れたなら、追いてく。
 お前は家に帰って休んでろ」


「うるせぇー。
 俺も行くよ。

 って、お前どれだけ仕事してんだよ」

「今日はまだ少ねぇよ。
 新米のお前が使えねェから」

「使えねェ、使えねェって
 何度も言うんじゃねェ。

 お前がタフすぎんだよ。
 俺は至って普通だ」





当たり前のように響き渡る、
こんな会話が続く生活が、
何故か心地よいと感じた。








ただ一つの気になるのは
朱鷺宮の存在。





あの六月の村がダムに沈んた
あの日を最後に、
一度も朱鷺宮を見ていない。




その夜、
一本の電話が流れた。





それは後見からの電話。






「ご当主に大切なお話があります」





その大切な話の中に、
朱鷺宮の存在が多きく絡んでくるなど
想いもしなかった。



< 52 / 104 >

この作品をシェア

pagetop