悠久幻夢嵐(1)-雷の章-a rainy insilence


「それでいいのですよ。
 これが息吹【いぶき】を宿した言魂【ことだま】の威力。

 人が日常的に行っている呼吸は、ある一定の手順を踏んだ暁には
 息吹と呼ばれる特殊な息へと転じるのです。

 息吹は術師が紡ぎだす言魂を持って、相手を使役する一種の術【すべ】。

 神子とはその息吹を持って、この日の元【ひのもと】を守り続ける存在。


 さぁ、感じて頂戴。
 私の息吹が発する言魂が、この周囲の空間を切り離して遮断するわよ」




生駒の神子がそう言うと、神子は右手の人差し指を口元へとあてて
少し聞きなれない言葉を唱えると、次に口の前で掌を返して、息を吹き付けた。



その瞬間、信じられないように目の前の山たちが動き出すのが視界に映って、
何か白いものに遮断されていくような感覚が包み込んでいく。



生駒の神子は今も指先を動かし続けて、
何かを行い続けているようだった。



その行動は時折苦痛を伴うこともあるのか、
表情を歪めながら、指先だけはとめることをしない。




どれくらいの時間が過ぎたのだろうか。




ようやく神子が、静かに柏手を打つように掌と掌をあわせる。





すると一息ついて、神子はボクたちに笑って見せた。




心を落ち着けて集中させていくと、
感覚的に空気が澄み渡っているのを感じる。




そしてボクの前には、長い髪をたゆとわせた不思議な衣を身に着けた
女性とも男性ともわからない存在が、空間に浮いていた。




「お前は誰?」



無意識に呟いた言葉に、その人はただ笑みを返すだけ。



「多分、今私達の目の前。そう、この辺りね。
 生駒の守護を司る、蒼龍が顕現【けんげん】していると思います。

 顕現とは、その姿をはっきりと現してくださること。

 山桜桃【ゆすら】村のこの地は、彼らが住まう地と私たちの場を一番繋ぎやすい土地柄なのです。
 それゆえ、この場所では、神の意志によってその姿を現すことが出来る。

 柳蓮【りゅうれん】、お願いできますか?」



柊がボクたちに告げた後、蒼龍のことを親しげに別の名前で呼ぶと、
直後、他の姿も顕現された。



「向かって柳蓮の左隣にいらっしゃるのが、秋月の御神体であられる、焔龍【えんりゅう】様。
 柳蓮の右隣にいらっしゃるのが、徳力の御神体であられる、雷龍【らいりゅう】様になります」



柊に紹介されたその姿は、焔龍は褐色の肌を持つ、逞しい男性らしき姿。
雷龍は長い銀髪の気難しそうな青年の姿をしていた。



「お前が……お父様の……雷龍」



そっと手を伸ばすものの、すぐに雷龍は焔龍と共に姿を消していく。



「あっ、焔龍がいっちゃう」


隣の桜瑛も言葉を紡ぐ。



ボクの隣、アイツはと言えばあまりにも非現実的にな出来事に
少々、戸惑っているみたいだった。



「飛翔っ」

「あっ、なんだ。神威」

「お前が持ってる札に異変はないか?」



ボクが問いかけると、慌てて大切にアイツが持ち歩いているお父さんの護符を
ゆっくりとボクに見せる。


だけど今はその護符も、輝いているわけでもなく何の変化も遂げていなかった。

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