桃の花を溺れるほどに愛してる
 ああ、でも……もう、そろそろ……ダメ……かも、しれない……。

 意識を失いそうになった刹那、私から見て真っ正面にある閉まっていた扉が、勢いよく開いた。

 それに驚いたのか、榊先輩の私の首を絞める力が緩まる。私は間一髪のところで酸素を体内に取り込んだ。

 視線が定まらない目で、開いた扉の方を見ると――ボロボロになっている春人の姿があった。

 目の前の状況が信じられないのか、春人は両目を見開き、驚いたような表情を浮かべている。

 どうして春人がここにいるのか……なんていう疑問より先に、春人が来てくれたことが嬉しくて、心の底から安堵した。


「はる、と……」


 小さく、掠れた声で名前を呼ぶと、春人は我に返ったように私を見た。

 ……あれ?今の私って、頬が腫れ上がったりして色々と酷い身なりをしていなかったっけ……?

 春人に醜い姿を見られた!なんて1人でショックを受けた瞬間、春人の目付きがスッと変わる。

 冷酷っていうか、怒っているっていうか……なんていうか、怖い。

 今までに聞いたことのないような、地を這うような声で、口調で、春人は榊先輩に向かって言った。


「今すぐ、彼女から離れろ」


 これは……怒っているとかっていう生易しいものじゃない。

 ……完全に、キレてる。
< 289 / 347 >

この作品をシェア

pagetop