桃の花を溺れるほどに愛してる
「本当に?!」


 榊くんの嬉しそうな声が聴こえる。

 いちいち顔を確認しなくても、榊くんが今、どんな表情を浮かべているのか、想像がつく。

 耳を塞ぐ余裕なんて……今の僕には、もうなかった。

 でも、やっぱり2人が気になるから、桃花さんの幸せそうな顔を見たいから、そっと顔をあげる。

 まさにその瞬間、榊くんが桃花さんを抱きしめようとしていた――のだけれど。

 パシンッ。

 その手を、桃花さんは弾くようにして振り払った。呆気にとられた榊くんの顔が、ここからだとよく見える。

 僕も榊くんと同じような顔をしているだろう。どうして?って、そんな顔をしているに違いない。


「――って、」


 桃花さんはスッとしゃがみ込み。


「言うワケねぇだろうがぁぁぁあああっ!!!」


 と、ありったけの声量で叫びながら、榊くんの顔面を目掛けて、思い切り蹴り上げた。


「ぐぁ……っ?!」


 榊くんは大きく蹴り飛ばされ、やがてドサッという音をたてながら地に落ち、動かなくなる。

 その一連が、まるでスローモーションのように見えた。


「……え?」


 状況が飲み込めない僕の震えた声が、やけに大きく、部屋の中に響いた。
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