カリス姫の夏
夜9時を過ぎ、リアルの世界で仕事や勉強を終えた人々が次々に入国してきた。


次々と書き込まれるログに最初に提起された問題は分からなくなり、会話のテーマはどんどんずれていく。


普段ならそれもありだとその場の会話についていくのだが、今日はどうしてもこのことを追及せずにいられない。私は再び質問した。



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カリス
>じゃみんなの生活で
 ネトとリアルの割合って
 どれくらい?
 何対何?
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いつもは、出された質問にさして深読みせず次々と返事をする住人達か、この質問にはなかなか回答しなかった。それぞれ自分の置かれている環境、立場を真剣に考えているのかもしれない。


みんなの回答を待ちながら、私は想像していた。



ほぼ毎日、夜の8時過ぎるとやってくる『ハムの介』は独り暮らしの会社員だろうか。

平日の昼間も時々現れる『たまたま玉ちゃん』は主婦?でも、決まって月曜日と水曜日は顔を出さないから、パートにでも出ているのかな。

自分を引きこもりだと豪語する『金髪のアン』は、言葉とは裏腹に平日の昼間現れることはほぼない。本当はきちんと学校に通う、真面目な学生なのかもしれない。

野球部の練習きついと自慢げに繰り返す『ひゅーま』は、本当はただのおじさんで、子供時代の夢をこの世界でだけ現実にしているとも考えられる。

夜9時過ぎると必ず立ち去る『いちご大福』は、どこかしらの施設に入っているのかもしれない。



みんなそれぞれの事情を抱えながら、現実社会から離れたくてこの世界にやってくる。

でも、誰に迷惑をかける訳でもない。
ネットの中の嘘は、誰も傷つけはしないから。


私が空想を繰り広げている間に、住人達は自分の立場を説明しながらリアルとネットの比率を述べ合いだした。


それが、本当なのか虚偽なのかは分からない。そんなことはどうでもいい。ひとつ共通しているのは、10割がネットだと言いきれる人がいないということ。


どんなに部屋にひきこもっても、家でパソコンを使う仕事をしても、現実社会を無しにすることはできないのだ。


私は、カリス姫で居続けることはできない。


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