ひだまりに恋して。

お試しカレシ

「朝倉。」


「はい。」



その日の帰り道、一人で歩いていた私を、誰かが急に呼び止めた。

振り返ると、先輩がいた。

さすがの私も知ってる。

サッカー部の先輩。

女子に人気の、かっこいい先輩。



「村本、先輩?」


「ひとり?」


「……はい。」


「じゃ、一緒に帰ろ!」


「え?」



何だろう、この展開。

大体、どうして村本先輩が、私のことなんて知っているんだろう。

話したことすらないのに……。



「朝倉って、写真部だろ?」


「はい。」


「なんで?写真、好きなの?」


「そうです。」



本当は、ちょっと違う。

だけど、横内先生にすら話していないことを、村本先輩に話すつもりはない。



「どうして、知ってるんですか?」


「サッカー部のマネージャーがさ、朝倉と同じクラスなんだよ。だから、……訊いた。」


「え?」



見ると、先輩は少し顔を赤らめて、下を向いている。



「だめだ。やっぱり隠せない。ごめん。」


「え?」



戸惑った表情で先輩を見ると、先輩は突然顔を上げて、私を真っ直ぐに見つめた。



「朝倉、好きだ。俺と付き合ってほしい。」



心臓が、トキッと鳴る。

まさか、こんな状況に自分が置かれるとは思っていなかった。

こんなにかっこいい人が、自分から私に告白してくれるなんて……。



「え、と、……。」



何か言わなきゃいけないのは分かっている。

でも、何も返せない。

だって、私は先輩のこと、何一つ知らないし、それに……。



「ごめん。急にそんなこと言われても、困るよな。」


「あ、いえ……。」


「朝倉が、ここですぐに返事するようなやつじゃないって知ってる。そんな朝倉が、俺は好きなんだ。」



真っ直ぐにそんなことを言われたら、本当にもう何も言い返せない。



「俺を知ってほしいんだ。もっと。……だから、こういうの、朝倉好きじゃないかもしれないんだけど……。お試しで付き合ってみてくれないか?」


「お、お試し?」


「そう。お気に召さなかった場合は、全額返金、みたいな。」


「全額返金。」



先輩の言葉を繰り返して、私は初めて笑った。

そんな私を見て、先輩も嬉しそうに笑う。



「な?いい?」



思わず反射で頷いてしまう。

あ、と思う。

先輩は、顔中を笑みに変えて、私を見た。



「ありがとう、朝倉。……大事にするから。」



しまった、と思った。

簡単に頷いていいところではなかった。

私は、心に浮かんだ横内先生の笑顔を、どうしても打ち消すことができないまま先輩と並んでいた。
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