あなたから、kiss
定時まで…、あと30分。
社員一同、チラチラと時計を眺めながら…その時を待った。
「雨宮くん、どう?片付け済んだー?」
「はい。2年もいたのに、案外持ち物って…増えないもんスね。」
「それ、雨宮くんだからだよ。私なんか…、見てよ!デスクの上だけでも小物で溢れてる!」
「……。空のドリンク剤片付ければスッキリするんじゃないですか?」
おっつ……。
「可愛くないな…。」
「最後なんで、言いたい放題言わせて貰いますよ。」
この、会話のやり取りも…もう少しでおしまい。
だけど、やっぱり表情を崩すことのない彼は…、惜しんでいるようにも、喜んでいるようにも見えない。
大きな紙袋ひとつ。
彼がいた……痕跡がそこに詰まっている。
「……あ……。」
その、紙袋から…
一冊の雑誌が、顔を覗かせていた。
「……雨宮くん、それ……。」
「ああ、コレですか?俺の初めての仕事が載ってるので…、これだけは手放せません。俺の原点だって…、誇らしげにいつか誰かに見せることがあるかもしれないですしね。」
「……………。」
雨宮くんと、初めて…一緒に手掛けた記事。
それを大事に…持っていてくれるんだね。
「寂しくなるなあー…。」
「清々するんじゃないんですか?花さんにちょっかい出すヤツがいなくなって…。」
「あのねえ…、最後くらい素直に受け取ってよね?」
「俺は寂しいですけど。」
「……全っ然伝わんないけどね…。」
「伝えても。受け取って貰えなきゃ意味ないです。」
「「………………。」」
な、なんだろう…、この空気は……。
トカトカと、心臓が脈打つ音が……
響いていた。
「あーもー……!我慢できないっ!!」
突然…、隣りのタカちゃんが…席を立った。
「どうしたの?」
「……乙女に聞かないで下さいよー。トイレです、ト・イ・レ!しばらく戻れそうにもないんで、雨宮くんどーぞ椅子に掛けて貰って構わないから!」
「え。タカちゃん?」
彼女はひき止める声を無視して、あっというまに……いなくなってしまった。
「………。……潔いッスね。」
タカちゃんの思惑に…
気づいているハズなのに。まるで…、騙されたかのような面持ちで、彼はタカちゃんの椅子を引いた。
ギシっと…鈍い音を立てて。
すぐ近くに…雨宮くん。
「隣りの席って……いいもんですね。」
彼は真っ直ぐ前を向いたまま。
言葉を…綴る。
「いつも、花さんの背中ばっか見てましたから…。最初で最後の特権です。」
「………え?」
「…仕事一色で、他を見ようとしないで…ただ、走り回ってる。花さんのイメージは…、そんな感じでした。」
「…………。」
「……でも、コーヒーを置きに行った時だけは…、花さんの横顔が見ることができました。ラフ引きしてる時の真剣な顔、取引先と電話で話す…丁寧な口調も。周囲の小言に、つい可愛げない返答した後の…落ち込んだ顔。それから、社員の人と…楽しそうに案を練る顔。喜怒哀楽がはっきりしてて…見てて飽きませんでした。」
……知らなかった……、まさか、そんなに…。
「ここのバイト採用って、厳しいんスよ。だから…、結構色んな雑誌、買ったり貸して貰ったりしながら…見てきました。ライター志望だったから、記事を書いた人の名前も覚えてて…。」
「……じゃあ…、私のことも?」
「もちろん。友達がコスメの特集とか見てて…。記事のコメント見て、あーだのこーだの言ってるの見てきましたから。さりげない文章でも、その影響力ってすごいんだって…感じましたよ。だから、そんな記事を作る人がどういう人かって…思ってました。花さんが、心底楽しんで作ってるって……伝わって来て。だから、つい…、本音が出たんです。」
「………?」