だから私は雨の日が好き。【花の章】





「ほら、行くぞ。どこだよ」


「・・・狡いです、そんな聞き方」


「心配するな。タクシーに乗せたら俺は別のタクシーに乗るから」




手を挙げてタクシーを停め、水鳥嬢をタクシーに乗せる。

座った瞬間に水鳥嬢が揺れた気がして、とっさに腕を掴んでこちらを向かせた。

そこには。

さっきまでの気丈に振る舞っていた面影など一つもなかった。

少し視点の合わない潤んだ目と、背もたれにしっかり寄りかかる姿。


明らかに酔っているその姿に、動揺したのは俺だった。




「おい、住所言えるか」


「・・・平気、です」


「大丈夫かよ」


「・・・はい。運転手さん、――――――まで、お願い、します」




水鳥嬢から腕を離すと、彼女は運転手に住所を告げた。

そして、ドアが閉まろうとした瞬間。

そのドアを開けて、運転手に俺も同乗することを告げた。




「すみません、やっぱり同乗します」


「わかりました。お客さんはどこまで行かれますか」


「同じところまで」




そう告げると、タクシーは夜の街を静かに走り出した。

隣から抗議の声が聞こえてきそうだなと思って目線を向けると。

そこには、あどけなく眠った水鳥嬢の姿があった。




「嘘だろ・・・」




さっきまでケロリとしていた水鳥嬢は、ほんの少し目を離した隙にスヤスヤと眠ってしまった。

告げられた住所はうちと一丁しか違わず。

驚く程近所だったが、マンション名や部屋番号までは分からない。

揺さぶって起こしてみても起きる気配のない彼女を、どうしたものかと眺めたまま。



諦めて運転手に自分の家の住所を告げた。

他にどうすることも出来ない俺は、水鳥嬢を家に連れて行くことに決めた。



二日酔い以上の頭痛の種に悩まされながら。

無防備な水鳥嬢の寝顔を見て、小さく笑った。




< 202 / 295 >

この作品をシェア

pagetop