だから私は雨の日が好き。【花の章】





「大丈夫?何かあった?」




その声に、反射的に時雨を見つめる。

目に映る時雨がいつも以上に眩しい。



今。

此処に。

俺の目の前に。



そこにいることを現実だと感じたくて、目を離すことが出来なかった。

こんな些細な光景ですら、俺は目に焼き付けたままでいたかった。



時雨にこの気持ちをぶつけるべきかどうか。

まだ迷ったままだった。



けれど、身体はあまりにも正直で。

時雨に近付こうと足を進めた。

目が合ったまま、時雨は動かずそこにいた。


いつもより表情がない時雨。

その姿が、俺を警戒しているようにさえ見えた。




警戒されるということは、俺にとって嬉しいことだった。

それは、俺のことを少しでも『男』だと認識している証なのだから。




時雨がじっと縮まる距離を見ている。

俺との目線の先で何を考えているのか。

そんなことばかりが頭を巡った。



目の前で立ち止まると、時雨が俺を見上げる形になった。

時雨の身長がいくら高いといっても、俺とは十センチ以上の差がある。


見上げるその目が、いつも俺を見る目と違う。




それでいい、と想った。




一瞬でも『男』だと認識してくれよ。

ただの同僚ではなく。

『一人の異性』として。




俺と時雨の距離は一メートル。

その距離は、俺を一番苦しくさせる距離だ。



手を伸ばせば触れられる。

けれど、触れると同時にこの距離は一瞬で崩れてしまうことも知っている。

俺達の関係とともに。

音を立てて、ガラガラと。





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