君に触れたくて



「……部長?聞こえてますか?これ、出来上がった書類なんですけど……」

「あ、ああ」

彼女が、不安そうに、頼んでいた書類を目の前に差し出す。

俺は、全てに目を通すと、彼女に向かって微笑んだ。

「うん、完璧だ、良く頑張ったな」

「あ、ありがとうございます!」

ふと、そう頭を下げた彼女の様子が気になって、俺は思わず呼び止めた。

「西山、大丈夫なのか?顔が赤い」

彼女が、がんばり屋な事は知っている。

仕事が早く切り終えた日も、彼女は誰に言われるでもなく、一人残って勉強をしている。
皆に追い付こうと、必死なんだろう。
それゆえ、人一倍無理をしているんではないかと、不安にさえ思っていた。

自分の事には、恐ろしく鈍感だからな。
一生懸命になればなるほど、自分が見えなくなっている事に、全く気付いていない。

「は、はい、全然大丈夫です!余裕のよっちゃんです!」

……それで、この俺を誤魔化せているつもりなのか?

再び頭を下げ、デスクに戻ろうとする彼女の腕を、思わず掴む。西山は、ビックリした様子で瞳を大きくさせ、こちらに振り返った。

「待て、このまま仕事をさせる訳にはいかない。三浦に送って貰って今日は帰れ、いいな?」

「部長!私、本当に大丈夫ですから。最後までやらせて下さい!それに、三浦先輩は、今日は仕事がいっぱいなんです。余計な心配かけたくありませんし」

心配って……。

「ちょっと来なさい」

俺は、誰もいないミューティングルームのドアを開け、彼女を招き入れると、ずっと気になっていた事を口にした。

「三浦は西山の彼氏だろ?彼氏に遠慮し過ぎじゃないのか?」

「先輩は……」

どもって俯く彼女。
耳まで赤くなっていて、俺は思わず顔を覗きこんだ。

「ほら、赤い。熱があるんじゃないか?無理はよくな……」

「違うんです!」

彼女は、額にあてた俺の手を、そっと握りはずすと、上目使いに潤んだ瞳を、俺に向ける。

その表情に、バクバクと音をたて、鼓動が加速する。

気付かれる訳にはいかない。




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