社長に求愛されました


「異動って……え、私がですか?」

八月の第一月曜日、高瀬ちえりは勤務先である会計事務所に出勤するなり、そこの社長を務める黒崎篤紀に呼び出されていた。
呼び出されると言っても、事務所には社長室があるわけではないため、正しくは篤紀のデスクの前に呼びつけられた、という表現の方が正しい。

異動という言葉に意表をつかれたからか、愛らしい大きな瞳がパチパチと多めの瞬きを繰り返していた。
篤紀は、ぽかんとした顔で聞き返したちえりに、お前しかいないだろとでも言いたそうな顔で頷く。

「そう、異動。おまえが」
「だって異動って……私バイトなのに?」
「喜べ。異動先では社員になれるから」
「社員ってなんで……その前に、うちの会社には部署もないし支店とかもないのに異動って……。
あ、席替えですか?」

ちえりが目を丸くするのもおかしくない。
黒崎会計事務所は、14人いるスタッフが一間続きの広い部屋にデスクを並べて仕事をしていて、社長である篤紀も同じ部屋にデスクを置いている。

そしてちえりが言うように、本店も支店もないし、部署だってない。
部屋だって、他には応接室と給湯室があるだけだ。

そのため、篤紀はきっと席替えの事を大げさに言っているだけなんだなと判断したちえりだったのだが。
篤紀は違ぇよとばかりに眉間にしわを寄せてちえりを見た。


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